外食ニュース
記事への評価
取材・執筆 : 阿野流譚 2023年12月20日
今の飲食店は食事が主役ですが、80年代は酒、インテリア、スタッフが醸し出す色気がありました。そんな時代の飲食店を舞台にした昭和の匂いを醸す官能ロマン小説を連載します。飲食業界出身の新人小説家、阿野 流譚氏がフードリンクニュースのために書き下ろしてくれました。ニュースとは異なりますが、ほっと一息入れてお楽しみください。
『おやすみミュスカデ』
~⑲ 百瀬倫太郎の働き~
PM9 開店前のホストクラブフォレストのドアを百瀬倫太郎は荒々しくノックした。
「おーい、誰かいねえのか?」
ドアを開ける気配がないのを見てとると百瀬は叩く強さのランクを上げた。黙ったままガンガン叩く。そのうちにドアの鍵が外れる音がして、
「誰、あんた」
わずかに開いたすきまから顔を出した若いヤツを押しのけて、百瀬は店に押し入った。数人の若いホストがたむろっていた。
「シュウヤってやつは?」
誰とも目を合わせず聞いた。最初からもめる気満々だ。
「どこに隠した? 聞きたいことがある。」
百瀬は巨漢というわけではないが引き締まったいい体をしていた。ケンカなれしたやつなら相手にしたくないと思うタイプだ。
「いないよ。どっかに出てった。」
1人がそう答えたが百瀬はそいつとも目を合わせなかった
「そんなはずはないだろ、大金の受取人になったんだ、あんたらが見逃すわけないせじゃん。
それに、いろいろ聞き込んできたんだけどさ、シュウヤの客だったメグって女、消えてるみたいだね。どこにやったの」
「2人で逃げたんじゃねーの、お手手つないでさ」
そう言ったヤツのすぐ脇の壁に轟音と共に思いっきり穴が開いた。百瀬の左手が刺さっている。
「お前らじゃらち開かねえか。
おい、お前らのケツ持ち、藤栄会だっけ、連れてけよ。そこで話聞かせてもらおう。」
「おい、カタギがヤクザにカチコミかけようってのか、頭おかしいんじゃねえかおめえ。」
「ハハッ、お前らこそ、この廊町で角溝相手にヤクザが何かできるとでも思ってんのか?かわいい坊ちゃん達だねえ。
もういいからさっさと連れてけや。なんなら二度と廊町に出入りできねえようにしてやるぞ、コラッ。」
最後のコラッは惚れ惚れするような気合いだった。腐れホスト連中が全員立ち上がった。
廊町の場末のビルの小さなスナック。カウンターに一人だけの客は、ホステスの郁恵の少しそわそわした様子を感じとって、優しい男だったので3杯目の水割りのおかわりをやめにして席を立った。
郁恵はすぐに袖看板のライトを消してドアに鍵をかけると、3回の着信と「ちょっと助けてくれないか」と送られてきたショートメールの相手に電話をかけた。
数分後、店のドアを叩いて招じ入れられたのは角溝の営業一課主任 百瀬倫太郎だった。
百瀬は近くの薬局で買ってきた消毒薬と包帯をカウンターに放り出すと
「いや、ドジ踏んじまってさ、」とざっくり袖の切れたジャケットとシャツをいっぺんに脱いで裸になり、ようやく血が止まったくらいの大きな傷ができた右腕を差し出した。
郁恵が驚いて固まってしまったのを見て、百瀬は
「包帯巻いてくれよ。そんなに深い傷じゃないからギュッと縛っとけばくっつくと思うんだよな」
藤栄会のフロント企業、三友ローンに乗り込んた百瀬は、フォレストでやったような啖呵で金貸しを締め上げてシュウヤの居所を吐かせようとしたのだが、揉めた言い合いの果てに激昂したチンピラに腕を切られて退散せざるを得なかった。
こんなのを拓さんに報告するわけにはいかねーな。とにかくいっぺん落ち着いて考えようと、自分の女が雇われママで一人でやっている店に転がり込んだわけだ。
そうやって、包帯を巻き終わって郁恵が百瀬に抱きつき、
「なんて無茶するの」少し涙声になったところで、百瀬の携帯が鳴った
「角溝の百瀬さんですか?
オレ、さっきのフォレストのホストのリュウって言います。
シュウヤを助けてやってください!
オレ監禁されてるとこ知ってるんです。」
おいおい、そういうのは早く言ってくれよ。
百瀬は郁恵の髪をかきなでている右腕の包帯を見ながらため息をついた。
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