外食ニュース
記事への評価
取材・執筆 : 阿野流譚 2023年11月18日
今の飲食店は食事が主役だが、80年代は酒、インテリア、スタッフが醸し出す色気がありました。そんな時代の飲食店を舞台にした昭和の匂いを醸す官能ロマン小説を連載します。飲食業界出身の新人小説家、阿野 流譚氏がフードリンクニュースのために書き下ろしてくれました。ニュースとは異なりますが、ほっと一息入れてお楽しみください。

『おやすみミュスカデ』
~⑪ CasinoBarMONACO~
あのころ廊町には少なくとも4件のカジノバーがあった。どの店もポイント制をうたい、ドリンク代や、次回持ち越しで営業しているかに見せかけて、実際には換金をしていた。
なかでも一番隆盛を誇っていたのはモナコでルーレット2台、バカラ3台、ポーカー系が合わせて4台と、古いビルの地下ワンフロアを占める大きな店だった。
ディーラーも本格的に集めていてセブンラックやマカオのギャラクシーから引き抜かれてきた者もいた。
中でも、ハイレートのルーレットを担当するミカのスピニングの技術は群を抜いていた。指先だけで放ったボールを、狙ったナンバーに入れる確率は8〜9割近く。それを知っている客はあえてミカのねらったボックスのとなりにはってやり込めようとする、通な遊び方に興じたりしていた。ミカがどの辺りから流れてきたのかは皆知らないが、昔、シンガポールに売られていって、ディーラーとして抜擢されたことで、奴隷としてのくびきを断ち切って日本に戻ってきたという伝説も語られたことがあった。
雨の降った次の日、古いビルの地下はかすかなカビの匂いが入り込む。そういう中でのギャンブルは陰湿さが伴うのか、盛り上がりに欠けることが多い。客の入りはまばらだった。
サーキットクイーンの格好でトレイに載せて酒を売ってあるく女の子は金髪の外人で「ドゥリーン」てまとわりつくように聞こえる発音がむなしくホールに反響している。
シュウヤはその女のケツを見ていた。ゴージャスなケツだ。だけどシュウヤには縁がない。きっとこんな店で億の金を溶かしても屁でもない男を待ってるんだと思った。
何度か客の金持ち女に連れられてきて、一見ではないのでドアチェックは通してもらったが、彼には明らかに場違いな場所だった。
再来月にはきっと使用不能になるクレジットカードで幾らかのチップを買って、スロットマシンに流し込んだら、後はもうやることがなかった。
店に紛れ込んだ野良犬のように、何かの理由をつけてつまみだされるまでの時間をシュウヤは過ごしていた。
こんな場所で、終わるならもうそれでいいなと、少し頭をよぎった。なんにもできないから生きて行くためにいろいろやった。もうなんで生きてるのかもわかんなくなってきた。終わっていい。終わりにしたいよ。みっともないよおれ。
でもここはなんとなく生まれた場所みたいなシケっぽい空気もあるし、何より明るいから。照明が夏の太陽みたいだ。最後に一回だけ試してみよう。確率は何分の一?1/36か。ちょうどいい。最後の有り金をかけてみよう。ダメなら、あの海辺の町に逃げる手もあるし。
ふらふらと近寄ったルーレットの空き台にはちょっときつそうな目に黒縁のメガネをかけた女のディーラーが立っていた。ポケットからクシャクシャの五千円札を出して
「チェンジ」とつぶやくと、女は無言で、ミニマムベットのボードを叩いて、「minimum10,000y」少しすまなそうに微笑んだ。その小首をかしげる仕草の美しさにシュウヤは見とれた。さっき見た時はキツそうな女だと思ったのに、不思議と可愛らしかった。
しょうがないから帰ろうと金を拾おうとした時、女ディーラーは札を人差し指で押さえると自分の方にスーと引き寄せ、
「暇だからね。特別だ。」
とつぶやいて5,000yのパープルのチップを放った。
1分後、シュウヤが00のボックスに置いたチップは36倍の180,000yになっていた。
「何か奢ってもらわないとね。」
にっこり微笑んで女は言った。
シュウヤは放りかけた10,000yチップをしまって、ドリンクガールの姿をキョロキョロ探し始める。
女ディーラーは伊達メガネを外すと、胸のプレート「Mika」を指で叩いて
「覚えておいてね」さっきの倍くらい微笑んだ。
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