国道16号線沿いに米軍の横田基地を擁する街、東京・福生。神奈川の横須賀どぶ板通りと、どことなく同じ香りがするのは、やはり米軍基地のためだろう。「メリケン」テイストなカフェやバー、アメリカ物の輸入雑貨店が多いのもこの街の特徴のひとつ。一昔前までは、そんなカフェやバーは、夜な夜な米軍人が繰り出しては、朝まで賑わいをみせる街だった。

　近年、米軍人による事件などでマスコミを騒がせ、夜の外出禁止令など規制が強まり、以前に比べ閑散としているという。長年、この街で商売をしてきた小さな飲食店の経営者たちは、愚痴を口に出しても仕方がないといった表情で、細々と店の明かりを灯し続けているようにも見える。

　そんな街で、昭和の雰囲気を醸し出すファサードの大衆食堂がこの店「味食道 引田屋」だ。暖簾をくぐり店内に足を踏み入れると一転、清潔感のある明るく広い、現代的な飲食店。例えるならドラえもんのどこでもドアの向こうは別世界、的な感じを受ける。

　夏の定番、とりあえずのビールを注文してからメニューを眺める。基本は食堂メニューだが、全て200円引きで単品オーダーが出来る。つまりは食堂飲み、しかも昼飲みがが出来るようになっているのは、なんとも飲兵衛には嬉しい限り。

　カウンターの隅にちょこんと座るエプロン姿のおばあちゃん。キッチンとフロアを忙しそうに行き来するエプロン姿のおかあさん。一発で大女将と若女将と見抜けるわけで。ビールを飲みながら、定食抜きの単品オーダーのつまみを待つ間、大女将であろうおばあちゃんに声をかけてみた。

　「この店の女将さんですよね？このお店はどのくらいやっているんですか？」。不意の質問だったからか、耳が遠いのか聞こえてないらしく「はい？」と、耳に手をやるおばあちゃん。めげずに同じ質問をリピート。すると今度は、はっきり聞こえたらしく「そうね〜、80年くらいかしらね」って、メチャクチャ老舗。老舗食堂好きな私は、ナンパではないが、大女将の横にビールを持って移動、質問攻撃を始める。

　大女将の留子ばあちゃんは、昭和11年生まれの83歳。なんと初代ではなく2代目女将だそう。もちろん戦争を知る世代で、生まれも育ちもここ福生。「昔は軍人さんがうちの店にたくさん来たのよ、ご飯を食べに」と、おそらく時代背景的に、軍人さんとは、米兵ではなく日本兵のことであろう。突っ込んで話を聞いていると「おばあちゃんだから、記憶曖昧ですよ！」と、3代目の三重子女将が話しに参戦。「あら、なんかの記事に載るの？写真？化粧直してくる？奥にいる主人（3代目ご主人）も呼びましょうか？」と、笑顔でノリノリ。

　3代目ご主人は、なんでも銀座の料亭で修行中、あの道場六三郎氏に認められ、紹介者がいないとその門をくぐれないと言われる、鉄人の道場「六三亭」に、異例の入門を果たし、先代の引退を機にこの店を継いだという経歴の持ち主。その話は親である、2代目留子女将、3代目三重子女将にとっては、自慢話なのであろう、話が止まらない感じになってきた。

　混雑し始めた店内のお客様のことが、逆にこっちが気になり始めると、イケメンアルバイトさんが見事にフォローに回るという連携プレイ。この食堂、何から何まで侮れない。気がつけばとりあえずビールから、ハイサワーにバイスと、大衆食堂から私だけ大衆酒場仕様になってきた。そう、生意気言えば、お店の使い方は客次第。ただし、節度とルールは守らねば。ということでトドメの日本酒は我慢して、お勘定。食事に会話、雰囲気にと三拍子揃って大満足な体験だった。

　三重子女将に見送られ、ガラッと店の扉を開けると、思いっきり夏の日差しが降り注いでいる。そうだ、飲みのつもりではなく、昼飯を食べにこの店に入ったんだよな？

　まあ良しとしよう。なにせダブル女将のおかげで、楽しい昼酒だったもんでさ（笑）。

福生『味食道 引田屋』

東京都福生市本町107

042-551-0218

営業時間：11:00〜

日曜定休

次回、「続・東京女将列伝」Vol.04は、東京・北千住「小料理 淳子」のお話です。

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