外食ニュース
記事への評価
取材・執筆 : 阿野流譚 2023年12月20日
今の飲食店は食事が主役ですが、80年代は酒、インテリア、スタッフが醸し出す色気がありました。そんな時代の飲食店を舞台にした昭和の匂いを醸す官能ロマン小説を連載します。飲食業界出身の新人小説家、阿野 流譚氏がフードリンクニュースのために書き下ろしてくれました。ニュースとは異なりますが、ほっと一息入れてお楽しみください。

『おやすみミュスカデ』
~⑯ 角溝 始動~
二つのテーマができた。ミュスカデを死なせたやつを炙り出すことと、彼女がいうツレってやつを見つけて保護すること。その二つは密接な関係があり、もしかしたら同じことを別の言い方で言っているだけかも知れない。とにかく解明すると、おれは決めた。
今回は角溝の力を遠慮なく使わせてもらう。廊町で人が不審死した以上、おれの中でそれは問題ないことになった。
営業部の中には、社内外から拓也チルドレンと呼ばれる若い社員たちがいた。こいつらはおれが商売を教え、角溝のあるべき姿を語りあってきたやつらだ。それがどんな遠い意味でも、廊町と角溝のためになることなら無条件で動いてくれる。
彼らは街を歩き回るうちに、営業や債権管理に必要なツールとして、廊町周りの膨大な情報を得ていた。。
誰々は誰々の隠し女だとか、どこの金貸しが、どんな手口で誰をはめたとか。そういう一人一人が持っている情報を組み合わせるとまったく予想もしない動きが見えてくることもある。
そんな時、味方や仲間なら角溝は徹底的に助ける。敵や悪党ならさまざまな手段で排除する。この町の中で角溝にはそれだけのことを可能にする信用と権限があった。俺たちはそういう活動を「看板を重くする」と呼んでいた。
おれは最初に係長の相原にカジノモナコのことを調べるように頼んだ。相原は背の小さい童顔の笑顔のいい男で、S市の最低辺の高校を出て配達の子として角溝にきた。そこでそんな履歴がなんの意味もないと思い知らされるような働きぶりを示して、営業部に移り3年で係長に進んだ。
モナコは角溝の取引先ではなかった。取引先の情報は営業マンはみなそれなりに持っているが、それ以外の情報となると相原ほど持っているやつはいない。ここはこいつに一肌脱いでもらいたい。
「死んだミカって女の周辺を調べてほしいんだ。男はいたのか、金使いはどうなのか、とかさ、なんでも出てくることを拾ってきてくれよ。」
廊町のヤバっちい商売の連中は警察にほとんど何もしやべらない。しゃべったことで誰かを不利に導けば、そのことでとばっちりを受けかねないからだ。
「知らないっす。」
「さあねぇ。」
そんな風に言っておけば自分に矛先が向いてくることはない。
しかし、角溝は別だ。角溝が聞いてくることにまともに答えなければそれだけで仕返しを受けることもある。ましてや、カジノみたいな本来非合法の営業は誰も同情もしてくれないから、容赦なく営業停止につながるような情報を流される。何より、証拠はなくてもおれたちがクロだと思えばやっちまうってとこがあいつらには恐ろしいはずだ。角溝に隠しておけることはない。
次に百瀬を呼んでホストの連中の中で最近姿を消したやつはいないか、ホストだけじゃなく、その客でも、見かけなくなった人間はいないか調べてくれるように頼んだ。百瀬はガッツのあふれる若手で、機転もきき度胸もありケンカも強そうなので、多少危険な仕事は彼に頼むことにしていた。いくらか抵抗があって力づくになっても、百瀬ならなんとか切り抜けてくれる。
ミュスカデはツレが消されるかもしれないし、逃がしてもらえるかもしれないと言ってた。どちらにしろ廊町にそのまま留まってはいけない状態にあるに違いない。それが誰にとってまずいことなのかも、暴き出さないといけない。
それにしても、ツレって誰なんだろう。なんでそこまでして守ろうとしたんだろう。
たった一度寝ただけの女に、おれは嫉妬している。
おれが?バカバカしい。
だけど、どうしてこんな気持ちになるのか。
しかも、その女は間違いなくもう死んでいるのに。
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