外食ニュース
記事への評価
取材・執筆 : 阿野流譚 2023年11月18日
今の飲食店は食事が主役だが、80年代は酒、インテリア、スタッフが醸し出す色気がありました。そんな時代の飲食店を舞台にした昭和の匂いを醸す官能ロマン小説を連載します。飲食業界出身の新人小説家、阿野 流譚氏がフードリンクニュースのために書き下ろしてくれました。ニュースとは異なりますが、ほっと一息入れてお楽しみください。

『おやすみミュスカデ』
~⑬ CasinoBarMONACO後日~
もう二度と来ないだろうと思っていたのに、あの人は現れた。
おとといのくすんだ顔とは全然違うにこやかな笑顔で。それでも少しはにかみながら、ハイレートのルーレットのテーブルに着くと、この間の180,000円をそっくり差し出して
「チェンジ」って気取って言った。おうちで一生懸命考えてきたのね坊や。確かに男気の見せ方はカッコいいわ。
10,000yチップを並べて投げるとそれを今日はHI&lowとかクワッドとかいろいろ張って、取ったり取られたりしながら4時間も遊んだ。その間、彼はずっとあたしの顔をみて、ニコニコ微笑んでくる。勝っても負けてもだ。なんてわかりやすいのって思いながら、あたしも楽しくてしょうがない一日だった。
真夜中頃からこの日は盛り出して。ハイレートのテーブルなのにびっしりお客が取り囲む感じになった。彼はにぎやかなのは苦手なのか、いかにも太そうな常連とあたしの掛け合いがつらくなったのか、その辺りで姿を消した。チップももう溶けたのかも知れない。一人なら、また大きく張ったところに当ててあげて、ゆっくり遊んでもらう手もあったけど、こんなに人がいたんじゃ無理だ。あ、帰っちゃうんだって思ったけど、もちろんわずかも顔には出さなかった。
店が跳ねたのは4時近くだった。古いビルの階段を上がって地上に出ると、もう誰も歩いていない歓楽街の、道幅狭い通りをはさんだ向かいのビルの生垣に彼が座っていた。上着のポケットに手を突っ込んで少し震えていた。立ち上がると
「もう、朝はけっこう冷えるんだね」
って、頬っぺたをひきつらせながら笑った。
「ダメだよ。こんなとこにいちゃ。客とディーラーがつるんでるって思われたら大変だよ。」
でも、あたしはたぶん怒った顔にはなれなかったから、彼もニコニコしたままで、
「ごめんね。」
とだけ言った。
こんなふうにあたしたちは始まった。そして、彼とあたしのありえないような不運に気づくまで、二人はとても幸せだった。毎日のように会ってたくさん話して、同じものを食べて、会えば必ず身体を合わせた。彼は3つあたしより若くて、むさぼるように求めてきた。でも、それは荒々しいやり方ではなくて、
「これでいいの?これで気持ちいい?」
って聞くみたいにあたしの反応を見ながら仕掛けてくるから、あたしは彼が可愛くて仕方なくなって、知ってることをみんなしてあげた。
彼が元気なくなってきたらすぐ根本までくわえてのどに当てながらすすってあげた。あたしが上になってあそこらへん全部を密着させて、彼のモノの裏側がずっと長くあたしの下っ側にあたるようにしてゆっくりロングストロークで動く、逝くやつって呼んでるやり方で、あたしが何回か逝ったりした。
二人ともとにかく長い時間くっついていたかった。時間があれば4時間とか5時間とかやってた。その間彼は何回も逝ったけど、あたしがピル飲んでるから全部中に出した。動きが激しくなってきた時の彼の顔が、リレーの最後にあごを上げて一生懸命走る小学生みたいで、かわいくて涙が出そうになった。あたしは楽しくて仕方なかった。
あたしはあの国に大金持ちの愛玩用に売られていったから、痛いことをされたりすることはなかったけど、子供だったし、ずっと受け身でセックスを覚えてきて、引き出しみたいなのはほとんどなかった。ディーラーになってからは、男出入りがあることが一番嫌われるから、誰ともつきあわなかった。いろんな男とセックスしてきたけど、本気になった人はいなかった。彼、シュウヤが初めてだったんだ。
だから、彼のことがわかった時、心底あたしは呪われてるのかも知れないって思った。
それに気づくのがもう少し早かったら。
シュウヤのことをこんなふうに思う前だったら。
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