外食ニュース
記事への評価
取材・執筆 : 阿野流譚 2023年9月20日
今の飲食店は食事が主役だが、80年代は酒、インテリア、スタッフが醸し出す色気がありました。そんな時代の飲食店を舞台にした昭和の匂いを醸す官能ロマン小説を連載します。飲食業界出身の新人小説家、阿野 流譚氏がフードリンクニュースのために書き下ろしてくれました。ニュースとは異なりますが、ほっと一息入れてお楽しみください。
『おやすみミュスカデ』
~② HOTEL Iris60~
残念ながらその女の名前は思い出せない。一夜だけの関係ではあったが、その後の、彼女が死んだ後のいきさつからしたら忘れるはずはないのに。いとわしい記号は心が捨て去ってしまうのだろうか。そんなことをしても事件そのものの記憶が消せるわけではないのに。
それはさておき、ふざけたアプローチから始まったその夜は1時間後にはカウンターの下で指を絡めるまでに進展し、2時間後には近くのホテルのベッドの上に持ち込まれていた。上々のペースだ。髪の匂いを嗅ぎ、耳の形を指でなぞり、軽く唇をあわせてみると、確かにそこはあのミュスカデの匂いがした。
果実の風味、わずかなえぐ味、それでも底流にあるのは明らかに南の海岸で育った爽やかさや鮮やかさだ。
もっと味わいたい。そう思うともう我慢できなくて、舌で強引に唇をこじ開け、そこにある唾液を絡め取った。舌だけでは足らなくて口蓋や歯の裏まで舐りまわし、吸い取る。ほんのわずかな水分はまさに甘露のように脳髄を刺激する媚薬だった。勃起が激しくなってきた。
彼女もおれの意図を察したようで、積極的に唾液を流し込んできた。それをごくごく喉を鳴らして飲み込むと、もっともっと彼女のいろいろな部位を味わいたくて、首すじから耳の穴へと移動し、その間に次の準備として胸のボタンをくつろげた。そこには最初のスイッチがある。それに触れればこのひとはもう持ち堪えられない。気配でわかる。
それでもすぐにそこにはいかず、胸を覆った最後の布の縁をなぞって、そうして稼いだ時間の間に首や耳の汗をしっかりとあじわいたかった。もう気がついていた。これは多分特別な味だ。
汗の塩気の中にほのかな甘みが隠れている。そういう女はあそこの汁も甘い。甘みは究極の味覚だと誰かが言っていたっけ。激しい律動の最中に身体がもし何かの味覚を欲しがるとしたら、それは間違いなく甘みだろう。絶頂に至る過程の終盤に自分の物を引き抜き、あそこの汁を啜って、唾液も啜って、女にも啜らせて、最後のエネルギーを身体に取り込んでゴールに向かう。そんな想像をするともう堪らなくなって、それでもそれをむりやり押し込めて、ブラジャーのホックを外した。
女もされるがままにはなっていなかった。胸を揉みしだき、乳首を優しく転がし始めた時こそ、「ふっ」と息を漏らして震えるしおらしさも見せたが、執拗に、少しずつ刺激を強めていくと、もう自分から胸を押しつけ、終いには
「噛んで!足りないの!」
と小声で求めてきた。おれの舌使いがお気に召したみたいで、少し嬉しくなり、盛大にサービスすることにした。最初から胸にはいかず、女の口を吸ってあるだけの唾液を吸い取り、乳首の上に垂らした。それを舌で塗り広げ、また吸い集めてたっぷりの湿り気の中で音を立てて吸い上げながら唇と舌で転がして、最後に噛んであげた。
ゆっくりと圧をかけ歯の間から浮かび上がった乳首の上部をこちらは優しく舌先で撫でさする。時には圧を緩めて、唇ではさんで吸ったり、舌の裏の柔らかいところではじいたりする。
噛咬の最後にはすっかり目線が定まらなくなった女はズボンのうえからおれの勃起したものを撫でさすり、愛玩動物の声で、鳴き始めていた。まだだ。もう片方は少し違う攻め方で喜ばせてやろう。
そう思って乳房から口を離し、自分のシャツのボタンを外そうとした、その時だった。
「ちょっと待って」
え、このタイミングで何か話すことあるの? きょとんとしたおれを見ながら女は割とはっきりした口調で話し始めた。
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