飲食店の店長とは多忙なものである。営業中の接客はもちろん、予約状況の把握から食材などの発注管理。売り上げに原価計算、アルバイトスタッフのシフトから教育、経営者とのミーティングに報告などなど、笑顔で料理を運んでいれば良いというわけではない。しかも現場責任者として、何かトラブルがあれば、的確な対処を求められ、売り上げが伸びなければその責任の一端を問われる。こうして、業務を羅列してみると、どれだけ大変な仕事であり、重圧もあるのだろうと思わざるを得ない。

　「どん薩摩」女将、石川麻奈美31歳、独身。この仕事に満足しているという。なぜなら信頼と尊敬のできる経営者、やる気と優しさを兼ね備えたスタッフに囲まれ、そして何より「美味しかった、また来ます」と言って帰って行く満足そうなお客さんがいるから。

　麻奈美さんがこの店の女将になる経緯は、遡ること6年前。大学卒業後に就職した英会話スクールに勤めて2年半程、経った頃のこと。当時の仕事に別段、不満があった訳ではないが、大学時代にアルバイトしていた飲食業の楽しさを、飲食店に行く度に思い出していた。元々、客として食べることと、お酒を飲むことが大好きで、飲食店で働く側としても接客業の面白さを経験していた麻奈美さんは、いつしかマンネリでルーティーンなOL仕事に疑問を持ちはじめていた。そんな矢先、アルバイト時代に共に働いていた先輩であり、現在のこの「どん薩摩」の経営者である加世堂洋平氏と飲む機会があり、それとなく転職の相談を持ちかけた。

　その頃、加世堂氏は独立し、地元鹿児島で飲食店を展開していた。たまたま鹿児島から訪れていた東京ドームでのイベントの後、「1時間だけ俺に時間をくれ、俺の話だけ聞いてくれればいい」と、まさにドラマのプロポースのシーンのような勢いで当時、麻奈美さんの住む町田までタクシーを飛ばして、会いに来たという。断言した通り加世堂氏は、仕事に対する自分の熱い想いだけを語り、その日はそのまま帰ったという。麻奈美さんの心が揺れたのであろう、その後、転職を決意しいざ鹿児島へと渡った。

　それからは心機一転、今度は飲食店のアルバイトとしてではなく新天地、鹿児島で社員として働きはじめた。やはり、OLより自分は飲食業が好きだと確信、1年半程鹿児島の店の現場で働き、東京での出店が決まると同時に、再び東京へ。グループ店である渋谷の店の立ち上げから任されることとなる。そして、加世堂氏からの絶大なる信頼を得て、同社の今後の社運をかけたと言っても過言ではない、鹿児島の焼酎と食文化を東京、そして世界へと伝えるフラッグシップ店、東京丸ビルの「どん薩摩」の立ち上げ、店長兼女将にこの程抜擢されたという。