外食ニュース
記事への評価
取材・執筆 : 阿野流譚 2024年2月27日
今の飲食店は食事が主役ですが、80年代は酒、インテリア、スタッフが醸し出す色気がありました。そんな時代の飲食店を舞台にした昭和の匂いを醸す官能ロマン小説を連載します。飲食業界出身の新人小説家、阿野 流譚氏がフードリンクニュースのために書き下ろしてくれました。ニュースとは異なりますが、ほっと一息入れてお楽しみください。
『おやすみミュスカデ』
~㉓ 廊町 藤栄会事務所~
ピンポーンとドアのベルが鳴って部屋住みの高橋がインターフォンに出た。
「どちら様ですか。」
「すみません、酒屋の角溝です。」
一瞬で緊張が高まる。
「どけ、俺が話す!」
中関が、高橋を通話口から引き離した。
「なんの用だ」
「いや、なんかうちの社員がそちらと揉めたらしいじゃない。ちょっとその話させてもらいたくてさ。」
中関は反応できなかった。この間乗り込んできた角溝の社員の態度に腹を立てて匕首で腕を切り付けたのは他でもない中関だったからだ。
「出てこなければ、藤栄会は角溝に敵対するものとみなす。それでいいなら俺たちは帰るけどさ。」
このところの廊町の治安の悪さは少し限度をこえているのではないかという話もささやかれ始めて、先日のNO-Pビルからの女の落下事件も自殺ではなく投げ落とされたのだという噂がたっていた。
そういう時には暴力団の追放が必ず話題に上る。実際に関連していてもいなくても、彼らの存在を原因にすることで安心しようとするのだ。今、角溝を敵に回すのは都合のいいことではない。
ドアを開けて中関は恐る恐る応対した。
「この間は申し訳ありませんでした。つい、カッとなりまして。今、上の者を呼んで参りますが、なんとか穏便にお願いできませんでしょうか。」
「はぁ」
拓也を押し退けて百瀬が身を乗り出した。
拓也の前には竹島が座っていた。小さい組でもボスらしい落ち着きを持っている。
「で、ご用件てのはそちらの社員さんの怪我のことだと伺いましたが。道具を出したのは明らかにこちらの落ち度ですが、その時はそちら様も......」
「いや、そんな話しにきたんじゃねえんだ。竹島さん。
実はつい今しがたフォレストのシュウヤを救出した。あんたら3丁目の閉めたスナックに監禁してたろ。助け出したよ。」
竹島の表情がわずかに動いた。
「バンス山ほど残して飛んだ女殺してさ、シュウヤのせいだと思い込ませてからY県の石川ってゴミ処理場に捨てたよね。」
「何を証拠にそんなこと......」
「どこにだって角溝の目は光ってる。あんたらが連れてった子分とか、フォレストの連中とか、死体の始末頼んだ処理場の親父とかさ、ずっとあんたの味方だと思ってるの?そいつらも角溝の反目に回ってまでそっちに着くって?
ま、おれらに証拠なんていらねーんだけど、こんな物くらいならあるよ。」
拓也はポケットから数片の白い塊りを取り出してテーブルの上に蒔いた。人間の歯だった。
「キモいことするよね。死体から歯抜くなんて。
そんなキモいことしてっから子分にも見限られるんじゃねえの。小林って奴が全部唄ってくれたぜ。」
小林トキはあの時Y県に同行させ、メグの歯を高速を走る車の窓から1キロごとに1本ずつ捨てるよう指示した部下で、愚鈍ではあるが裏切るような奴ではないはずだった。でも、なぜか今この場にいないのは角溝の言う通り裏切ったと考えるべきなのか?
竹島にはもう返す言葉がなかった。ヤクザならヤクザらしく、ここでこいつらをぶっ殺してどっかに飛ぶか。
竹島がそんなことを考えている時だった。
拓也が吠えた。
「ま、お前らが何をしようと、お前らの世界の中の話なら関係ねえんだ。
でも、今回は巻き添えで女が死んでる。」
「いや、死ななきゃならねえやような話はしてねえぞ。ディーラーなら3,000くらい作れるだろうって言っただけじゃねえか。別の方法でなんとかするって言ったのはあの女の方だ。」
確かに、自殺では保険金が出ない人間をわざわざ他殺と印象づけて殺すってのはおかしな話しだ。下手すると疑われるのは自分の方なんだから。
借金づけの女を殺したのはこいつらだ。歯科技工士のところから持ってきたニセもんの歯に驚いて、語るに落ちやがった。
でも、ミュスカデをやったのはこいつらじゃない。
じゃ、なんで?
自殺だとしたら理由はなんなんだ。
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