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フードリンクレポート

2015年4月21日(火)16:23 トレンド

多タップ揃えた量販型ビアパブから、醸造家の顔が見えるブルーパブ回帰へ。

世界的に盛り上がりを見せるクラフトビールブームの背景と今後(5-3)

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取材・執筆 : 長浜淳之介 2015年4月20日執筆

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 20年ほど前に「地ビール」ブームを起こした、日本のマイクロブルワリーが、近年は「クラフトビール」と呼び名を変えて再ブームとなっている。「地ビール」は粗製乱造の末に消費者の信頼を失って消えていった感があるが、「クラフトビール」として再ブレイクを果たすまでの間に、醸造メーカーは冬の時代をいかに生き残ってきたか。なぜ、今大手メーカーまでもが、クラフトビールに参入しようとするのか。取材してみた。(5回シリーズ)

世界的に盛り上がりを見せるクラフトビールブームの背景と今後(5-1)

世界的に盛り上がりを見せるクラフトビールブームの背景と今後(5-2)

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両国「麦酒倶楽部ポパイ」。1995年にエチゴビールを提供してから、一貫してクラフトビールを最良の状態で出すことにこだわってきた。

 これまで日本の地ビール、クラフトビールがどのように売られてきたかを振り返ってみよう。

 現在、東京では毎週、どこかでクラフトビールを扱うビアパブがオープンしている状況で、京阪神、名古屋、福岡のような全国の大都市圏にも広がっているが、これはここ2、3年、もっと言うとせいぜい去年くらいからの現象である。「常陸野ネストビール」で知られる茨城県の木内酒造取締役・木内敏之氏によれば「1994年にビール醸造免許を取ろうとした時に、瓶で売ろうとしたら、国税局に『腐ったらどうする、この問題を解決しない限り瓶詰では免許を出せない』と言われた。

 当時国税局は瓶で地ビールを売ることを想定していなかった。レストランでピザ、ハンバーガー、ソーセージを出して、地域を活性化する事業を考えていた」(2013年7月17日外国人記者クラブにて開催、「日本ビアジャーナリスト協会フェイスブック1周年記念特別イベント 日本のクラフトビールは世界で通用するか」より)と、証言している。
 
 つまり当初は造ったビールを観光地その場で提供するブルーパブ、もしくはブルワリーレストランが地ビールを提供する場所として想定されており、河口湖の「富士桜高原麦酒」、御殿場の「御殿場高原ビール」、鳥取大山の「大山Gビール」、北海道・北見の「オホーツクビール」などが醸造所を併設したレストランを、その頃スタートさせている。

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御殿場高原ビール「グランテーブル」(静岡県御殿場市)。4つのレストランからなる1000席のレストランリゾートを有しており、ブルワリーレストランとしては日本最大級の醸造量。

 地ビールを個人で起業する例は少なく、「常陸野ネストビール」の木内酒造や「大山Gビール」の久米桜麦酒の母体である久米桜酒造は日本酒つまりは地酒のメーカー、「富士桜高原麦酒」の富士観光開発は地元のリゾート開発会社、御殿場高原ビールの親会社米久は地場のハム・ソーセージなど食肉加工メーカー、オホーツクビールの母体は地元の建設業者・水元建設である。また、第三セクターで醸造を始めるところも多かった。

 一方で、いち早く瓶詰めして全国に販路を開拓した岡山の宮下酒造「独歩ビール」を皮切りに96年~97年には瓶詰が一般化。また、ヤッホーブルーイング「よなよなエール」は97年に350ml缶で発売されている。レストランでしか飲めないはずの地ビールは、たちまち瓶や缶に詰められるようになり、全国小売店への流通も可能になった。もう既に、この頃にはクラフトビールへの進化の予兆が起こっていたのである。

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「麦酒倶楽部ポパイ」では70ものクラフトビールの銘柄を揃え、ファンに喜ばれている。

 ビアパブとして、地ビールを最初に取り扱ったのは、両国にある「麦酒倶楽部ポパイ」で、95年に地ビール第1号「エチゴビール」を導入している。ブームが去って多くの店が地ビールから手を引いていく中にあって、同店は決して地ビールから離れることはなかった。経営するシンポ企画の青木辰男社長は「世界のクラフトビールファンを支えている3000社のうち8~9割はマイクロブルワリー。醸造所が小さいこと、マイクロであることに価値があると考えている。田舎の村の人たちだけが飲んでいるようなブルーパブに、若い子がいっぱい詰めかけている」と語っており、日本ではマイクロブルワリーに価値を見出す人が少ないが、いずれ世界の趨勢からもそうなることを夢見ている。

 提供するビールによって最適な炭酸量を調節し、グラスも変えている。クラフトビールを個性に合わせて最適な状態で提供することを常に考えてきた店だ。今は紹介したいビールが増えて70以上の銘柄を扱っており、タップは100ある。山は動いてきたのである。

 地ビール冬の時代を支えたのは、「麦酒倶楽部ポパイ」や、神田の「蔵くら」、神楽坂の「ラ・カシェット」など数少ない愛好家が集まる店だ。これらの店が踏ん張り、日本のクラフトビールの進化を見届けてきた愛好者に飲み継がれてきたことが、今日のクラフトビールブームにつながっている。

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グッドビアファウセッツ。渋谷という土地柄、顧客には若者、カップルも多い。

 クラフトビールに若者、カップル、女性を呼び込むのに成功したのは、2010年六本木にオープンした「アントンビー」、翌11年渋谷にオープンした「グッドビアファウセッツ」あたりからだろう。「アントンビー」は人気のビアパブ「アボットチョイス」の系列でもあり、両店をはしごする顧客も多い。フェイスブックをうまく使って、生産者の思いを伝え、ビールにこだわる人のゆるやかなネットワークを築き、日本のクラフトビールの良さ、おいしさを発信してきた。

 「グッドビアファウセッツ」は国内外40種類ものクラフトビールが飲めるタップの豊富さだけでなく、ピッツァ、大山鶏のローストなどの本格的な料理、開放的な空間も魅力で、世界的に盛り上がるクラフトビールの熱気が伝わってくるような店だ。

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クラフトビアマーケット。抜群のコストパフォーマンスでクラフトビール入門者に人気。写真の神保町店のほか、4店を都内で展開。ワイン食堂並の料理の充実をビアパブで実現した。

 また、11年にはクラフトビール樽生を均一料金で提供する「クラフトビアマーケット」の1号店が虎ノ門に誕生している。この店は過激な価格戦略を持つ店で、30種類近くある日本の各社のクラフトビールと、「スーパードライ」、「エビス」、「プレミアムモルツ」を現状グラス480円、パイント780円均一で提供している。クラフトビールのグラス、パイントに比べて、スタンダードビールでは一回り大きなサイズになってはいるが、手間暇かけて造るクラフトビールと、量産型の装置産業ビールは等価であり、各メーカーの商品は代替可能なパーツと取られかねない価格設定だ。

 大手メーカーにしても、プレミアムビールの代表銘柄である「エビス」と「プレミアムモルツ」が、日本で最もスタンダードな「スーパードライ」と等価で売られている。同店ができた当時は、今と違ってデフレが悪化している時代背景があったことも考慮しなければならないが、この輪に加わっていないキリンは、一つの見識を持っていると言えるだろう。

 「クラフトビアマーケット」は、その後、神保町、淡路町、三越前、高円寺にも店舗を出しており、年に1店のペースで店を増やしていて、顧客に支持されていることがうかがえる。この店が均一価格というわかりやすい価格訴求で、クラフトビールを消費者にとって身近なものとしたのも事実だ。料理もビールを提供することに偏重した従来のビアバーよりは充実していて、トレンドも抑えており、ワイン食堂があるならばビア食堂と言えるだろうか。空間も含め、飲食店としてはバランスよくまとまっている。

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木内酒造本社(茨城県那珂市)。常陸野ネストビール、伝統の清酒・菊盛、梅酒の木内梅酒を醸造。酒だけで打った十割酒蕎麦を提供する蕎麦屋の「な嘉屋」を併設している。

 飲食店の樽生と缶や瓶の小売のビールはいちがいに同列には語れないが、「常陸野ネストビール」を製造する木内酒造取締役の木内敏之氏は、「世界最大のクラフトビール王国のアメリカではメジャービールの値段は1ドル、クラフトビールは2ドル。クラフトビールの市場が日本より大きいので製造原価も安いが、大手の2倍の値段で売っている。ところが日本のクラフトビールは大手の2倍で売っているでしょうか。なので、日本のクラフトビールメーカーは今、極めて経営が悪い」(前出「日本のクラフトビールは世界で通用するか」より)と述べている。

 「大手ビールメーカーの350ml缶は210円くらい。税金を77円払うから、単純に130円くらいが売値。アメリカの基準だと2倍となって260円に税金を足すから350円が最低の値段にならないと厳しい。もっと安く売っているのが、たくさんある」と木内氏はクラフトビールメーカーの苦しい懐事情を明かしている。

 利益の出にくい体質の業界で、安くしてほしいのが顧客のニーズだからと価格競争に巻き込まれたらどうなるか。「クラフトビアマーケット」自身は大手とクラフトの区別はついているし、クラフトの好きな人が経営して、ビアパブの弱点を克服しようとしていると思うが、外食には流行の業態をコンセプトを無視して真似る輩も多く、より過激な価格戦略を仕掛けてくる競合者が出てくる可能性がある。これから「クラフトビアマーケット」が開けてしまったパンドラの箱がどう展開されていくか。注目される。

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常陸野ブルーイング・ラボ。今年1月「マーチエキュート神田万世橋」にオープン。

 そうした中、値崩れを防ぎたいメーカーの防衛意識もあってか、メーカーが直営するブルーパブが目立って増えてきたのが、昨年あたりからの新しい傾向だ。別の場所で醸造して、専門に飲めるアンテナショップを展開するケースもある。

 木内酒造は、今年1月「マーチエキュート神田万世橋」に「常陸野ブルーイング・ラボ」をオープンした。同社は地元茨城県で、既にレストランを経営しているが東京都内の直営店は初めてだ。料理プロデュースに、茨城県出身でマンダリン・オリエンタルニューヨーク「アジアート」で料理長を務めた杉江礼行氏を招き、ビールに合った料理の追求に本格的に取り組んでいる。
 
 自分好みのビールを醸造士にサポートしてもらって造れる、ビール醸造体験もできるが、120リットルから受け付けており、飲食店が中心になっているようだ。

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ベアード・ブルワリーガーデン修善寺(静岡県伊豆市)。2014年6月にオープンした新工場でタップルームを併設している。

 ベアードブルーイングは、2014年6月、伊豆の修善寺に「ベアード・ブルワリーガーデン修善寺」をオープンした。沼津より移転し、従来の6倍となる年間6000キロリットルに増強した製造設備を持つ醸造所に併設されている。敷地内では農業を行い、無農薬のホップ、野菜、フルーツを育て、キャンプ場も開設して、ビールの楽園をつくろうという壮大な計画の一環である。

 ベアードの場合は夫婦2人で30リットルの小さな設備から始めており、日本のクラフトビールでは珍しい個人での起業である。販売の面でもこれまでに、沼津、東京の中目黒、原宿、横浜にタップルームをつくるといったように、独自の戦略を持った会社だ。

 ヤッホーブルーイングは、ワンダーテーブルと提携して、「よなよなビアキッチン」を2013年赤坂にオープンしており、自社のビールのショールームとしての機能を持っている。料理のレベルの高さもあり、連日満席の好評ぶりで、今年3月には神田に2号店をオープンした。大阪の箕面ビールも大阪市内の直営店「ビアベリー」土佐堀本店を、今年3月すぐ隣に拡張移転している。

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「よなよなビアキッチン」の新店、神田店。

 また、「麦酒倶楽部ポパイ」も新潟県魚沼にて自家醸造に取り組みだし、ブルーパブとしての要素を加えている。経営するシンポ企画の青木辰男社長によると、現在店舗で販売しているビールの2割が自家醸造だそうだ。両国の店を改装して醸造所を造るのはコストがかかり過ぎ、客席が減ると集客に響くため、引退後に住む目的で建てた故郷・新潟のセカンドハウスにて約700万円を投資して醸造を始めた。昨年6月から商品化され、順調に売れている。

 青木社長によると「まだ満足度は50%くらいだが、酵母を純粋培養してサイエンスを大切にしたきれいなビールを目指している」とのこと。全般にスッキリしていて、くどさがないビールになっている。

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中野ビール工房の店内。手づくりの内装は秘密基地のような雰囲気を醸し出している。

 あるいは、中央沿線で高円寺から始めて、阿佐谷、荻窪、中野、西荻窪と隣の駅に店舗を拡大している麦酒企画のつくる店が、ブルーパブの1つの形として面白い。能村夏丘社長は「街の豆腐屋、パン屋のようなビール屋」を目指しており、次に出店するのは当然、東中野と吉祥寺だという。

 1号店の「高円寺麦酒工房」を出店したのは2010年12月。個人での創業で、6月に店舗物件を契約して大工に頼むのは最低限にとどめ、あとは自分で内外装も行っていった。工事が半年に及んだため、街の人も気に留めて何ができるのかと声を掛けられる機会も多かったそうだ。また、造作の過程をブログで公開しており、読者から応援メッセージの書き込みもあった。やっと完成してオープンすると、街の人、ブログの読者が来てくれて、思いのほか繁盛した。夏には店に入りきれないほどの顧客が集まり、2号店の「阿佐谷ビール工房」の出店が決まった。今では日本各地からの旅行者が、海外からも、噂を聞きつけて来店するケースもあるとのことだ。こういう人情味ある創業物語あってこその、造り手の顔が見えるクラフトビールなのではないだろうか。

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街のパン屋、豆腐屋のようなビール屋、中野ビール工房にて。店内で醸造されたビールを味わうのは、格別にぜいたくな感じがする。おつまみは徳島野菜と自家製ディップソース。

 能村氏は街と物件によって、店舗のつくり方を変えており、同じ店はつくらないという。高円寺は路地裏一軒家のビール屋、阿佐谷は屋上もあってビールを開放的にワイワイと楽しむ場所、中野はオールワンコイン500円で楽しめる立ち飲み感覚の店、荻窪は駅前の屋根裏のような隠れ家、西荻窪はカフェのように集えて居心地が良い店といった具合だ。

 各店に醸造士を置き、4、5種類を製造するが、全て店内で飲む方式を取っており、市場には出回っていない。基本レシピは決まっていても、醸造士の裁量で詳細を変えていいことになっている。たとえばホップの種類、煮込む時間なども変えていい。試飲会を開いてテイスティングし、よりおいしいビールができれば基本レシピを変更することを、常時行っている。「レシピが進化して確実においしくなっている」と能村社長は胸を張る。

 このようなメーカー直営のブルーパブの復活は、キリンのクラフト専門子会社スプリングバレーブルワリーによって、今春、横浜と代官山に相次いでオープンした「スプリングバレーブルワリー」も流れの中にあり、象徴的な店と言えるだろう。

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