お店を知る
東京・恵比寿駅から徒歩10分。広尾駅との中間あたり、裏恵比寿の一角にひっそりと佇むカフェ風のおしゃれなお店「GEM by MOTO(ジェム バイ モト)」(ファースト商事 東京都中野区 代表取締役 平井克彦氏)。実はここ、真に美味い日本酒を飲ませてくれる店なのである。店長は日本酒界では知らない人はいないであろう、千葉麻里絵氏。日本酒の名店として知られる「新宿 酛(もと)」で店長として活躍し、日本酒の本当の美味しさを広めることに尽力してきた人物である。日本酒の価値を高めることをミッションに、7月28日オープンしたこの店は、少しずつ、しかし着実に日本酒ファンを増やしている。
まるでカフェのようなおしゃれな外観
GEMとは宝物という意味。「日本酒は宝物なんです」と千葉氏。
「新宿 酛」で店長を務めて5年。本当に美味い日本酒が気軽に飲める店として評判は不動のものとなった。恵比寿のこの新店は「新たなチャレンジをしたい」との想いから立ち上げたという。
「新宿のお店では、日本酒を気軽に楽しんでいただくことや、広く知っていただくという目標はある程度達成できたので、卒業して次に進もうと思ったんです。この新店は"日本酒専門店"という位置づけではなく、"美味しいものを提供する店"にしたいと考えています。日本酒はもちろん、料理も、いわゆる酒のつまみのようなものだけでなく、食事としても楽しめるメニューを多く揃えています。外観もそうですが、"日本酒"とあえて前面に押し出さないことで、日本酒をあまり飲まない方にも偶然の出会いを提供できたらいいですね」(千葉氏)。実際、ふらっと通りがかりに入店する女性客も多いのだそう。
「恵比寿を選んだのは、お金を払ってでも美味しいものを求める美食家たちが多い街だから。駅前ではなく、あえて離れたこの場所は挑戦ではありましたが、近所には長年続いている名店も数多くあります。遠くても行きたいと思っていただける個性的な店にしていけたら。時を経るごとに価値を増すアンティークのように、熟成して円熟した味わいを増す日本酒のように長く愛される店にしたいですね」(千葉氏)
アンティーク調の店内は、日本酒の店らしく、どこか和の雰囲気を漂わせている。席はカウンターのみ8席。
現在は、日本酒ブームだといわれている。しかし、ブームに乗った店が増えるなか、管理の悪い店が出現してしまったことも事実だ。
「せっかく日本酒を飲んでみようと思ってくださったお客様が、そのお酒本来の味ではなくなってしまった状態のものを味わって、"こんなものか"と評価を下してしまうのはあまりにも残念なことです。私は"日本酒の真の価値=真価"を上げていきたい。そのために、今までの飲食店では実現しにくかった、ふたつの新しい試みにこの店では取り組んでいます」(千葉氏)
ひとつは、四合瓶(720ml)を基本とすること。日本酒といえば一升瓶(1800ml)が一般的だが、風味を落とさず飲み切るには難しいサイズだ。それなのに一升瓶が主流となっている理由は「四合瓶は割高なため飲食店が扱いたがらないから」だという。大口顧客である飲食店が一升瓶しか扱わないと、蔵元は当然、売れない四合瓶を造らなくなる。結果、風味の落ちた日本酒を消費者が飲む機会が増えてしまうという悪循環が生まれているのだ。
「でも一般の消費者は四合瓶が欲しいんです。冷蔵庫に入るし、飲み切りやすいですから。昔からそうした声は多かったのに、造られなくなっているんですよね。私は本当のブームというのは、飲食店が増えたということではなく、一般家庭の冷蔵庫に普通に日本酒が入っていることだと思うんです。そのためにはなんとしてでも四合瓶の生産を増やさないと。そのために最もよい方法は、飲食店が"四合瓶が欲しい"ということです。そうしたら蔵元も造らざるを得なくなりますから。だからこの店では、普通の飲食店ではある意味ご法度(笑)な、四合瓶ばかりを揃えることにしたんです」(千葉氏)
目立つところに設置された店の冷蔵庫には四合瓶がずらりと並ぶ。個性溢れるラベルは見ているだけでも楽しい。取り揃えているのは20~30の蔵元の銘柄違いで、約100種類ほど。千葉氏の想いに賛同し、この店のためだけに四合瓶を作ってくれた蔵元もいるそうだ。
ここでしか味わえない日本酒も多い。左から、千葉氏が企画した「クラシック 仙禽 雄町GEM by MOTOスペシャルエディション」(栃木・仙禽)、GEM by MOTOのために特別に醸造された「新政 天鵞絨+生成(ヴィリジアン+エクリュ)」(秋田・新政酒造)、HENRI GIRAUDのシャンパ-ニュの熟成に使用した樫樽で寝かせた純米大吟醸「満寿泉×アンリ・ジロー」(富山・桝田酒造)。
この店で、四合瓶での提供が成功したら、真似する店も出てくるだろう。千葉氏は「それでいい」と語る。「そうした店が増えれば、日本酒の真価を上げることにつながりますから」
もうひとつの試みは、蔵元にしかないような-5℃で日本酒を管理できるウォークインタイプの氷温庫を店内に作ったことである。一般的な飲食店では普通、ありえないことだ。
「-5℃は日本酒の酵素の動きが止まる温度です。いわば仮死状態で保存された日本酒は、劣化せずに熟成され、ヴィンテージとなります。例えば最近、若手の造り手さんたちがアルコール度数13~15度台のガス感を感じる日本酒を造ったりしていますが、氷温庫で熟成すると3年経ってもきちんとガス感は残り、旨みだけが熟成していきます。通常の冷蔵庫で保管したものとはまったく異なる味わいになるんですよ。熟成されたヴィンテージの奥深い味わいは日本酒の真価として最たるもの。日本酒を飲みなれた方にも、ぜひ試していただきたいですね」(千葉氏)
"日本酒は宝物"という言葉通り、まさにこの店の奥で、日本酒は宝物として大切に保管され、お披露目される時を静かに待っているのだ。
日本酒にとって最高の環境を兼ね備えたこの店は、ひとえに千葉氏の並々ならぬ日本酒に対する情熱と愛情によって形作られたものだ。休みの日は日本中の蔵元に足を運び、実際に作業を手伝う。造り手の想いをはじめとする日本酒の背景を知り、共に日本酒の未来を考え、飲食店側からできることを実行する。そんな姿勢に心を打たれない蔵元はいないだろう。千葉氏の魂がこもったこの店で、本当に美味しい日本酒を堪能できるのは至極当たり前のことなのである。
店の壁に描かれたサインは、店を訪れた蔵元さんの手によるものだ。
「日本酒って本当に素晴らしいお酒なんですよ。造り方も複雑かつ繊細で、他のお酒にはない難しさがある。現時点ではまだまだ正当な評価が得られていないと思います。日本酒はもっと評価されていい。評価してもらえるようにしたい。そのために、どうしたらいいか?を常に考えています」(千葉氏)
このお店は料理も絶品。素材の味を活かした繊細な味付けで、日本酒によく合うものが揃っている。
「ブルーチーズハムカツ」(650円、税抜き、以下同)は、一番人気のメニュー。分厚いハムと濃厚なブルーチーズの風味がよく合う。岩手の「民宿とおの」で自家醸造された発泡性が爽やかなどぶろくとともに。
「GEMのグリル野菜のサラダ」(800円)は、野菜本来の味を存分に味わえる一皿。それぞれの野菜をきちんと歯ごたえが感じられるように調理されており、絶品。アンチョビとガーリックが利いたソースがまた美味い。
「無花果とカチョカバロチーズの揚げ出汁」(800円)。丁寧にとられた出汁でさらっと食べられる繊細な味。
「秋鮭と茸の白味噌グラタン」(900円)。ゴロっと入った今が旬の秋鮭と、いくらのプチプチ感がたまらない一品。白味噌の風味が生きた和風味で、日本酒がぐいぐい進んでしまいそう。
豊富な日本酒の知識を持つ店長、千葉麻里絵氏。お酒選びに困ったら、好みを伝えて相談してみよう。今までにない日本酒との出逢いを演出してくれるはずだ。
「美味しいのは当たり前。楽しい、新しい発見がある。そんな店にしたい」と千葉氏。日本酒マニアも初心者も、日本酒を飲みたいならまずはこの店に足を運んでみよう。きっと知らなかった日本酒の新たな扉が開くはず。なぜならここには、宝物というべき"本当の日本酒"があるからだ。なかなか入店できなくなるのも時間の問題。気になる方はお早めに。
■GEM by MOTO(ジェム・バイ・モト)
東京都渋谷区恵比寿1-30-9
TEL:03-6455-6998
定休日:月曜日
読者の感想
興味深い0.0 | 役に立つ0.0 | 誰かに教えたい0.0
- 総合評価
-
- 0.0