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外食ニュース

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2023年10月18日(水)07:55

新連載、昭和の飲食は色っぽかった!官能ロマン小説 『おやすみミュスカデ』 ⑤東町プラザ1103

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取材・執筆 : 阿野流譚 2023年9月20日

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今の飲食店は食事が主役だが、80年代は酒、インテリア、スタッフが醸し出す色気がありました。そんな時代の飲食店を舞台にした昭和の匂いを醸す官能ロマン小説を連載します。飲食業界出身の新人小説家、阿野 流譚氏がフードリンクニュースのために書き下ろしてくれました。ニュースとは異なりますが、ほっと一息入れてお楽しみください。

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『おやすみミュスカデ』
~⑤ 東町プラザ1103~


 美国は眠っていた。おれがベッドの彼女の横にすべり込んでも、まったく起きる気配もないくらいに酒の沼に浸かって眠っていた。

 明日の朝起きても、おれが何時に帰ったとか、彼女は聞かない。ゆうべおれが何をしていたかなどそれほど関心はないのだろう。この世界に生きていると、段々感情が摩耗していく。愛するものを独占したいという当たり前の感情も、自分自身が度々欲望や酒の酔いに負けて愛を裏切っていくうち、どうでもいいことに思えてくる。いつしかこの世界でしか生きられないように成り果てても、それを笑って肯定していく。

 時々こんな生き方が続くわけがないと思うが、こんな生き方を続けている女はゴマンといる。華やかに生きているようで、実はただ消費され、人より早く若さを失い、身体を壊したり、容貌が商売に耐えないくらい劣化して消えていく。それは、客がまき散らした鬱屈や絶望や閉塞感などマイナスのオーラを伴う感情を浴びせられ続けるうちに、自分の方が疲れ果てていくからだ。そしてみな、かなりの時間が経つまで、そのことに気がつかない。ある意味幸せなことだ。

 おれの方もっとひどいことに、そういう人たちの存在のおかげで成り立っている商売だ。詳しくは話さないけれど、要するに世間からはあまり相手にされない夜の人たちのための役所と、警察と、銀行をまとめたような仕事ということになる。詳しく話さないのは妖しい組織とかそういうことではなくて、複雑な話の割につまんないから。もし聞きたかったらそのうち話すよ。儲かる仕事ではないので、例えて言えば弱き者の生け贄を夜の神に捧げて、カツカツで生きながらえているみたいなことだ。

 S市はこの地方最大の都市で、廊町も飲食ビルが100棟近く、店は三千軒あると言われる大きな繁華街だ。

 おれの会社は競合相手も少なく、一見うまい商売に見えるかもしれないが、この時はさまざまな要因からかなりの苦境に喘いでいた。だから、おれの昼の仕事は主にリストラだった。兄貴が社長で、総務人事担当の役員として勤めている角溝という会社で、毎日人のクビ切りのための査定や、ちまちましたコストカットに頭と心をすり減らして、気がつけばもう四十を過ぎていた。

 そんなやりきれない日々にも、夜は訪れる。本来、街の裏方の仕事する時間ではないが、そこで起きるすべてのことにおれは関心があった。商売のネタも落ちているし、面白い出来事も起きる。マイナスのオーラがどうとか暗い話は、当時は考えなかった。みんながうさを晴らし、欲望を満たして楽しく浮かれている。何が悪い?暗い考えは眠りにつく前
のほんの短い感傷と割り切ってしまおう。

 今日も胸のあたりに何かがしこるのは、いい女に逃げられたのが悔しいだけ。そいつもなんとかして見つけ出してまた楽しませてもらおう。いくらでも手はある。廊町に出入りする女なら客だろうがこっち側だろうが、覚えている特徴だけで探し出せるだけの伝手は持っている。「おれを誰だと思ってんだ、角溝の拓さんだぞ」心の中で見栄を切ると、面
倒くさい捜索が、楽しいゲームのように思えてきた。

 夜が明けてきた。まだ1、2時間なら眠れる。明日(今日?)になればまた、夜に飛び込んで飲めない酒に溺れるだけだ。そう言い聞かせて目をつむると眠りがおとずれるまではほんの一瞬だった。

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