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フードリンクレポート

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2016年11月02日(水)20:02

マンションの一室で営業する「中村玄」。看板がないから狙った顧客だけが来る!

顧客が行きにくいからこそ流行る時代?!隠れ家繁盛店の極意。

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取材・執筆 : 長浜淳之介 2016年10月30日執筆

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 看板がない、もしくはあっても気づきにくい店、会員制、紹介制、予約制の店、住宅街の中に紛れている、あるいは人里離れた僻地にある店など、顧客にとって行きにくい、見つけにくい条件にもかかわらず、繁盛している店が増えている。そうした隠れ家繁盛店は、わざわざ行きにくい高い障壁をつくることによって、顧客の行ってみたい心理を煽り、集客効果を上げている。看板が大きく、誰でも入りやすくて、交通至便な場所こそが、飲食店にとってベストな立地とされるのに反しながらも、がっちりと良客をつかむ店の極意を、実例と共に紹介していきたい。(5回シリーズ)

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マンションの一室にしか見えない「中村玄」。飲食店とは誰も思わない。

 一見、何の変哲もないマンションの2階に、「中村玄」と人の名前としか思えない表札が掛かっているだけ。これが飲食店の看板だとは、誰も思わないだろう。

 ところが、重い扉を開けると、真っ赤なカウンターに、黒塗りの椅子、そして"麻辣香鍋"の大きな文字がいきなり眼前に飛び込んでくる。この外観と派手なインテリアの落差に、一度訪れた人は強烈なインパクトを、記憶の中に刻み込まれるだろう。顧客は料理、サービスの以前に、一瞬で店の世界観に引き込まれてしまう。

 「中村玄」は、横山貴子社長率いるイイコの1号店で、1997年4月のオープン。最初は店名を「201号室」と名乗っていた。マンションの201号室にあるので、そのまんまを店名にしただけだった。

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「中村玄」店内。

 もう既に20年近くを経過しているが、古さを全く感じさせない。それは、この店が店名と業態を何度か変えながら、時流に合った店づくりを行っているからだ。

 店名は、「201号室」から、「中村昭三」、「中村圭太」、「中村玄」と4回変わっている。ちなみに「中村昭三」は友人の名前、「中村圭太」と「中村玄」は中村昭三氏の長男と次男の名前から拝借している。「中村玄」という店名になったのは2006年5月。

 業態は、創業時は創作和食、それが女性スタッフばかりの中華に変わり、さらには沖縄料理、鍋とカジュアル和食の店を経て、そして2011年5月から汁無し火鍋、"麻辣香鍋"の店になっている。

 「店名と業態は、どうでもいいのです。大事なのは外食のワクワク感、意外感、非日常性によって、お客様に喜んでいただくこと。食べておいしいは食事の根本ではありますが、家でも体験できるので、外食の役割はそこにはないのです」と、横山社長は看板がないのはテーマや目的ではなく、ワクワク感を演出するための手段だと強調した。

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インテリアのテーブルや椅子は、気分転換のために時折変える。

 また、気分転換で丸いテーブルを、角張ったデザインに変えてみるなど、インテリアのリニューアルを行う。そうやって内装にかける費用を必要最低限に抑えつつ、店の鮮度を保ち、客数の維持に努めている。以前に比べて、領収書を切る人が少なくなって、消費者の外食に対する支出への厳しさが増しているのを、横山社長は痛感しているが、だからこそ外食のワクワク感に一層こだわりたいのだ。

 「路面にあって、看板ギラギラのお店なら誰でも行きます。しかし、おしゃれをしてきれいに着飾った女の人が行って、居心地がいいでしょうか。ターゲットを絞った方が、リピートにはつながるのですよ。看板の必要性は特に感じないですね」。

 横山社長によると、ターゲットは30歳以上のバブル、ITバブルの時代の高揚感を肌で知っている女性。もしくは、年齢は若くても、伝え聞くバブル、ITバブルの時代の高揚感に憧れを持っている女性。それも時代に敏感で、お金を持っている男性を連れて来て、あわよくば奢らせるだけの器量のある女性だそうだ。女性でも、女子会ばかりやっている、今日のこじゃれた居酒屋、イタリアン、カフェが狙いそうな層は、対象としていない。看板を出さないことで、女子会向けの店と、自然と差別化されて、来てほしい顧客層が来るようになる。

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汁のない火鍋「麻辣香鍋」。

 「中村玄」は恵比寿駅西口から目黒駅方向に歩いて5、6分と近いが、細い道を曲がってどんどん繁華街を外れて住宅街に入っていく、坂道の途中にある。入居しているビル自体がわかりにくく、こんなところに飲食店を出して繁盛するのかと思える立地。

 今は、すぐ近くに何店かの飲食店もできてきたが、オープンした20年前は本当に周囲にお店は全くなかったという。

 お店の宣伝は全く行わず、取材も受けず、当初は人から人への紹介のみで営業をしていた。どうやって集客したのだろうか。

 「ちょうど、お店の前の道が恵比寿ガーデンプレイスへと通勤する人の通り道になっていて、夕方、恵比寿ガーデンプレイスから帰ってくる人を、私がお店の前でキャッチして、ご案内していましたね。恵比寿ガーデンプレイスで働いている、IT企業などに勤めている人の口コミでお店の存在が広まっていきました」(横山社長)。

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イイコの横山貴子社長。

 今は「食べログ」のような口コミサイト、グルメブロガーの増加、SNSに一般の顧客もどんどん写真を投稿するようになって、メディアに隠す意味がなくなり、取材も受けるようになったが、お金をかけて宣伝しないという基本を貫いている。

 「食の流行り廃りがあるのは仕方がないのですが、時代が変わっても、変わらない人間の欲があると思うのです。それは自分の存在を周りの人、世界にアピールする欲です。よく人間は一人では生きられないと言いますが、家族だけでなく、他人に自分の存在を知ってもらわないと生きていけない。それで、自分だけの秘密の店を見つけたら、どうしても周りの大事な人を連れて来たくなります。『こんな素敵なお店に行って、こんなおいしい料理を食べているのよ』と、写真を撮って広くお知らせしたくなります。そういう人間の"存在欲"または"知名欲"を満たすお店でありたいですね」。

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「月世界」の蒸野菜。

 横山社長は、看板がないだけでなく、写真に撮りたくなるフォトジェニックな料理にこだわっていく方針。人間には、物欲、金銭欲、性欲などといった欲があるが、人間を人間たらしめる社会的な"存在欲"に着目し、"存在欲"をくすぐる店づくりをこれからも続けていくと、力を込めた。

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「クラブ小羊」は2000年代中盤に起こったジンギスカンブームの火付け役となった店。

 「中村玄」以外にも、イイコのお店は、恵比寿のやはりマンションの2階にあるジンギスカンの「クラブ小羊」、渋谷の豆板醤など"醤"をフィーチャーした中国料理「月世界」、麻布十番の中国少数民族料理「ナポレオンフィッシュ」、祐天寺の古民家一軒家レストランでソースを食べることをテーマとした「スーソマヤジフ」と、どれも看板がないか、極めてわかりにくい店ばかりで、総じて業態も変わっている。

 「クラブ小羊」は2004年4月のオープンで、当時のジンギスカンブームに火を付け、恵比寿でもジンギスカンの店が急増したが、今はほとんどなくなってしまった。その頃にジンギスカンの味を覚えた人の受け皿となっており、ブーム沈静化の際には売上を落としたが、近年は顧客が増えている。

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中国少数民族料理「ナポレオンフィッシュ」。

 「ナポレオンフィッシュ」は中国少数民族料理でも、南方のミャンマー、タイなどの国境近くの雲南省に住む、少数民族の料理を紹介している。日本人のルーツは雲南省であるという説があり、大豆を使った発酵食品を重用するなど、食文化の共通点が多い。なので、雲南省は日本人観光客が増えている地域でもある。一歩先の食のトレンドを抑えるという点では、知っていて損はない店だろう。

 「スーソマヤジフ」のソースを食べるとはわかりにくいが、たとえばサラダにかけるホウレンソウをベースとしたソースがあって、ソースを摂取する方がメインになっている。この店は、完全予約制。料理を食べた後で、ソースの購入につなげる物販と連動した実験的な試みである。

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「スーソマヤジフ」ではソースを摂取するのがメインとなっている。

 今は立ち退きのために閉店したが、2001年から7年間、中目黒ガード下の廃工場の跡を和食居酒屋にして「村上製作所」なる店を経営し、予約が取れないほどの繁盛店として注目を浴びたこともあった。

 人間の社会にコミットする"存在欲"を刺激、口コミによるターゲットに合致した顧客開拓とリピートを重視する、イイコの店づくりにとって、顧客層が広がり過ぎる派手な看板は無用の長物なのである。

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