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2016年11月01日(火)22:30

中央線的な純文学世界。

大鶴義丹が行く ~私の外食ラバーズ~ vol.4

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取材・執筆 : 大鶴義丹 2016年11月1日

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 高校生の時、文学青年のお約束のルートとして、太宰治の小説にハマった。代表作の「人間失格」に始まり、とくに後期の作品「斜陽」「トカトントン」「ヴィヨンの妻」「グッグバイ」などにある陰鬱な雰囲気に、悩める青春が感化されたのだろう。

 そんな彼の作品の中に「阿佐ヶ谷」なる言葉を発見した時の驚きは今でも強く記憶に残っている。私はまさに、その杉並区の阿佐ヶ谷近くの小学校中学校に通っていたのである。自分が傾倒していた作家が自分の故郷で活動していたというのだから、若き文学青年の心が躍ったのも無理はない話である。

 そして太宰治の人生遍歴を幾つかの本で調べていくと、井伏鱒二という、昭和初年、反プロレタリア文学をかかげて結成された新興芸術派の重鎮的存在に行き着いた。

 そして井伏鱒二のことを調べていくと、彼の後期の作品の中に「荻窪風土記」という作品があるではないか。中央線は、高円寺・阿佐ヶ谷・荻窪・西荻窪と続くので、自分の故郷が昭和文学のコアに深く関係している事実にさらに興奮した。

 「荻窪風土記」を図書館で見つけて読み進めると、その作品自体は青春真っ盛りの私にはあまり興味を引くものではなかったが、自分が生まれ育った杉並の昭和初期の姿がありありと書かれていて、阿佐ヶ谷、荻窪、西荻窪の土地勘がある故に、まるでタイムスリップをしたようである。

 その中に出てくる話に、「荻窪方面は昼からドテラでフラフラしていても後ろ指を指されることもなく、貧乏な文学青年には好都合」という一節があるのだが、その表現が昭和初期の荻窪のどういった地域性を物語っているのだろうかと、遠い過去に思いを馳せたものである。

 また「阿佐ヶ谷会」という、井伏鱒二らが中心となった文士達のグループが、昭和の初めころから阿佐ヶ谷界隈に集まって酒を酌み交わしていたり将棋を指していたりしたという。そして井伏鱒二を慕い阿佐ヶ谷や荻窪の地に住んでいた太宰治なども参加したと言う。簡単に言うと作家仲間が集まって住んでは、酒を飲んだり議論を交わしたりしたようなコミュニティーがあったと言うことだろう。

 ここが大事なポイントで、当時から繁華街として栄えていた銀座、浅草、新宿などではなく、当時としては西の辺境地である杉並周辺なのかということだ。

 阿佐ヶ谷。荻窪・西荻窪には、都心の繁華街では得られない文学的インスピレーションがあるということなのだろうか。

 この歴史的事実は私たちチドリアン(千鳥足になりがちな人)には好都合で、阿佐ヶ谷、荻窪、西荻窪で飲むと言うことは、ただ飲むだけじゃない、そこにはアーティスティックな文学議論の場なのであると言い訳できるという訳だ。

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その三駅の中で、私がとくにお勧めしたいのが西荻窪である。私見だが、阿佐ヶ谷も荻窪楽しい飲み街なのであるが、昨今の西荻のディープな発展には少し後れをとっている感がある。

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それは地理的な面白さが関係していると思う。西荻窪駅界隈には、荻窪や阿佐ヶ谷には見られない狭い路地が沢山あり、そこを中心として個性的過ぎる小さな店が軒を並べている。またそのような雰囲気の個人店を愛する飲み客が多いのだ。だから飲食業界では、西荻窪はチェーン店が成功するのが難しいとも言われるらしい。

「戎」

 一字でエビスと読む大衆居酒屋なのであるが、西荻窪界隈に住んでいて、この名前を知らない酔客はいないだろう。大型の店舗を南口北口両方に構える煙モウモウのその店は、西荻窪の帝王的存在とも言われている。

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10年くらい前までは、女性だけの客などは絶対にいなかった「中年の園」であったが、昨今では女性二人だけというようなお客も増えた。

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 無数にあるかのような一皿350円程度なメニューを揃え、同価格でビックリするような新鮮なお刺身を食べることも出来る。いつも店員さんの罵声に近い声が飛び交い、モタモタしていると注文を受け付けてくれないようなローカルルールがあるが、それを乗り越えた時の達成感もひとしおである。

 また文庫本を片手にひとり飲んでいるような中年男性も多く、西荻窪独特の文学的ヤレ感に溢れている。濃い目の酒が多く、戎に始まり戎で終わると言うような酔客も多い。

「野方屋」

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西荻窪ではニューカマーである、西武新宿線野方駅前にある、伝説のヤキトン屋「秋元屋」の西荻窪進出店。

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 あっという間に西荻窪のヤキトン勢力図を書き換えてしまった、問答無用の肉勝負の人気店。圧倒的とも言える上質な肉を使い、焼き物では珍しい部位から野菜の肉巻を展開する。また、内臓系の刺身(湯引き)がお勧め。

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 ホッピーの飲み方に拘っていて、なんと「シャリキン」「三冷」「通常」という三種類の飲み方を提供している。三種類の飲み方全てを試してみるのも良いだろう。

「珍味亭」

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 西荻窪全て店とは一線を画する孤高のカリスマ的存在。台湾料理と暖簾で謳っているのだが、料理や提供スタイル共に、普通に想像する台湾料理ではない。おそらく、台湾料理の肉や内臓料理のみをピックアップして、それらを食事目的よりも、酒のつまみを最優先目的として、独自の世界を作り上げたのだと思う。

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この店で多くの客が最後に頼む「焼きビーフン」。あえて具を少なくして、ビーフンの味を楽しんでくれと言わんばかりのルックスで、一口食べれば大興奮間違いなし。私はこれを「宇宙一美味い焼きビーフン」と呼んでいる。

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 この店では色々な種類の紹興酒を揃えていて、値段はそれなりになるが、何年物と言う紹興酒もグラス売りしているので、是非とも挑戦していただきたい。

 酔うほどに、私は西荻窪の不思議な魅力とは何だろうと考える。荻窪、阿佐ヶ谷も然り、この地域には新宿や銀座では決して存在できない何かがある。

 その一つを読み解くに「ありのままの大人」というものがあるような気がする。虚栄心やパワーゲームが蔓延る都心の繁華街では当然、色々な努力が必要とされる田舎でも成立しないものだ。この界隈で飲んでいると、いつの間にかありのままの自分になっていることがある。これ以上もこれ以下でもダメな、ちょうど良い感じの自分の酔いと戯れるのだ。

 中央線のガード下に無数に集まる小さな店の明かりが作り出す、魔法の国のような不思議な世界。

 悩みながらも今日を生き、それでも今宵の酒とツマミに心を躍らせる。店の軒先に並べられた野外席に座って飲めば、そんな時間を求めて昭和の文豪たちがこの地に集まったのが少しわかるような気がるかもしれない。

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大鶴義丹(おおつるぎたん)
≪ 生年月日 ≫ 昭和43年4月24日
≪ 出身地 ≫ 東京都
≪ 出身校 ≫ 日本大学芸術学部文芸学科 中退
≪ 血液型 ≫ A 型
≪ 趣 味 ≫ 料理、バイク、車、釣り(小型2級船舶免許)
≪ 特 技 ≫ 料理、素潜り
≪ スポーツ ≫ スキー、モータースポーツ(2輪・4輪共にレース経験あり) 
≪ 資 格 ≫ 大型自動二輪免許
≪オフィシャルブログ≫http://ameblo.jp/gitan1968/

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