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取材・執筆 : 長浜淳之介 2015年10月28日執筆
今年8月に起こった上海株式市場の大暴落、いわゆる"チャイナショク"も何のその。10月1日~7日、中華人民共和国の建国記念日にあたる国慶節の大型連休には、大挙して中国人が日本を訪れ、東京、大阪など日本の主要都市の目抜き通りが中国人観光客で占拠された。家電製品、薬品などを買い漁る中国人の"爆買い"は目を見張るが、レストランを団体客があたかもジャックして嵐のように食べていく"爆食"にも注目が集まる。外食がどのように中国人の"爆食"に対処しているのか。また、"爆食"に引き込むにはどうすればいいのか。(5回シリーズ)
「上海小南国」のヌーベルシノワ。従来の中華のように量を出さない。経営する小南国グループは、中国の大手外食企業で、上海と香港で俺のシリーズの店も出している。
日本の中華料理の発信地は、日本最大の中華街、横浜と考えられてきた。しかし、日本に住む中国人の間では「ランチタイムの横浜中華街に行くと、固定料金の食べ放題がほとんどだ。基本メニューは似たり寄ったりしている。」、一方で「銀座に近年、多くの中華レストランの有名店が出店している。」(「ダイヤモンドオンライン」、「莫邦富の中国ビジネスおどろき新発見 横浜中華街が色あせた今、中華料理は"銀座"が熱い」、2015年9月17日)という認識が定着してきている。
つまり、中華のトレンドは銀座にあり、というわけだ。中国人は銀座で爆買いしているだけでなく、中華料理のグルメも楽しんでいる。つまり、金持ちの訪日旅行者や、日本に住む中国人、とりわけ中国が改革・開放政策に舵を切った1970年代以降海外に出た"新華僑"と呼ばれる、新しいライフスタイルを持つ人たちが、銀座の中華料理を盛り上げている。
もちろん、日本の外食も、日本人中華料理ファンのニーズにこたえるために、新しい傾向の中華料理を銀座で展開しており、相乗効果で銀座を中華料理のトレンド発信地に盛り立てているのだ。
「四季 陸氏厨房」店内。
「新華僑」(1993年)、「蛇頭」(1994年)などのベストセラーを日本で出版してきた、自らも上海出身新華僑の作家・ジャーナリストの莫邦富氏であるが、日本で本物の上海料理を味わえる店として、銀座7丁目「四季 陸氏厨房」を推している。オープンは今年7月8日。
築地市場で仕入れた四季折々の食材を生かし、日本的、東京的に伝統的な上海料理を踏まえて洗練させていくという考え方で運営しており、良質な新華僑が共有するコンセプトがある。シェフは高級ホテルで25年のキャリアを積んだという。
「上海ガニ味噌豆腐」、「ナズナと鮮魚の塩炒め」のような上海料理ばかりでなく、白湯系のやさしいスープを特徴とした「香港式海鮮火鍋」を紹介。「北京ダック」、「四川風サンラータン」、「重慶風よだれ鶏」など、中国各地の名物料理が食せる。
「四季 陸氏厨房」の「ナズナと鮮魚の塩炒め」。ナズナは高菜のような中華食材。鮮魚はこの日はスズキだったが季節によって変わる。そこがこの店の四季の表現でもある。
白、黒、赤の三色で仕上げたヨーロピアンクラシカルとモダンを融合した空間で、お酒はワインを前面に出すというように、新しい考え方を持った中華だ。席数は50席。
顧客は日本人と中国人が半々くらい。昼間営業していないので、中国人は観光客というよりも、日本に住んでいる中国人が主流。客席では中国語が飛び交っている。
日本在住の中国人は65万人と言われるが、そのうち半数近くの約30万人が、首都圏一都3県(東京、神奈川、埼玉、千葉)に集中している。そのどこからも銀座はアクセスが良い。こんなに訪日観光客が来る前から、じわじわと銀座に中華料理店が増えていて、気づいてみたら発信力のある店が増えていたということだろう。
「四季 陸氏厨房」は入口にワインセラーがある。
「四季 陸氏厨房」は、新橋で人気の「味上海」の姉妹店である。「味上海」は庶民的な中華居酒屋のような店で、顧客はほぼ日本人サラリーマンだ。今回はより広くアピールしたいと、日本でビジネスをする中国人も足を運ぶ銀座に出店したという。「味上海」のファンも、食べに来ている。
銀座「上海小南国」。
俺の株式会社と提携し、中国の上海で「俺のフレンチ・イタリアン」、香港で「俺の割烹」をFC展開している、小南国グループの「上海小南国」日本1号店も銀座にある。2008年オープン。小南国グループは中国国内に70店以上を有し、上海料理でも自然派志向のヌーベルシノワを標榜。産地にまで足を運んで確かな素材を選ぶなど、西側先進国の新しいレストランの考え方を取り入れている。
日本人と中国人の顧客比率は半々で、ランチから営業しているので、訪日観光客も少なくない。味はほぼ中国と同じだが、日本人向けに変えている品もあるそうだ。メニューに北海道のナマコを使ったり、気仙沼のフカヒレを使ったりと、日本の産地開拓にも熱心だ。
創業145年、北京ダックの名店「全聚徳」が銀座中央通りにある。
中央通りの「全聚徳」は北京で1864年に創業した、北京ダック老舗の東京支店で、毛沢東、周恩来、ニクソン、キッシンジャーなど歴史上の人物も来店した格式ある店だ。日本では、2004年に設立された全聚徳ジャパンが、銀座と新宿に店舗を構えている。これほどの店が東京にあれば、北京も上海も行ったことがない内陸部の訪日中国人なら行きたいだろう。ランチなら北京ダックが入ったコースが1575~1980円。
雲南料理「御膳房」では、日本では珍しい雲南キノコ鍋が楽しめる。
また、同じく中央通りのキノコ火鍋が人気の雲南料理「御膳房」、中央通りではないが四川をベースにしたチャイナバール「百菜百味」(2012年オープン)は全聚徳ジャパンのオーナーの同族が経営する店で、「御膳房」は六本木、「百菜百味」は大森アトレにも出店している。「全聚徳」、「御膳房」、「百菜百味」いずれも、銀座を拠点に店舗を徐々に広げていく構えだ。
「パラダイスダイナシティ」8種類のカラフルな小籠包。味のバリエーションはオリジナル、蟹の卵、チーズ、ガーリック、高麗人参、麻辣、フォアグラ、黒トリュフ。
西銀座の「パラダイスダイナシティ」は、シンガポールのオーチャード通りにあるカジュアル中華を日本に持ってきたもので、8種類のカラフルな小籠包が売り。オリジナル、蟹の卵、チーズ、ガーリック、高麗人参、麻辣、フォアグラ、黒トリュフと8つの味付けの小籠包をタレなしで味わう。これが世界初の試みと話題になった。この他にも、中国各地の創作料理を揃えた尖った店だ。2013年6月オープン。
こちらの店は日本人女性に非常に人気があり、ランチは入店困難なほどだ。中国人の顧客はほとんど見かけない。中央通りから遠いこともあるが、11時のオープンと共にほぼ満席になってしまうので、さすがの中国人も気後れするのかもしれない。
カフェのような空間、シンガポールから進出のカジュアルチャイニーズ「ディムジョイ」。
「銀座三越」レストラン街にある「ディムジョイ」はシンガポール発祥の美と健康を意識した、広東料理をベースにしたモダン飲茶で、オーナーはシンガポール出身で中華圏に人気がある女優のミシェール・サラム。2010年9月オープン。カフェのような店舗で、見た目鮮やかな点心、やさしい味付けの担々麺、玄米粥、五穀米で包んだ鶏肉団子などが味わえ、こちらも日本人女性に人気が高く、外国人の顧客は少なめだ。日本の店舗は大阪・梅田、武蔵小杉にもある。
こういった店は、まだ氷山の一角で、ワインと合わせる中華の提案、欧米・日本の影響を受けたヌーベルシノワ、健康面やナチュラルな素材の重視、空間や見た目の鮮やかさへのこだわり、中国では顧みられなくなりつつある伝統をあくまで守る正統派などといった、中華料理のトレンドが見て取れる。
銀座の老舗、昭和元年創業「銀座アスター」本店。
では、どれだけの中華料理店が銀座中央通りにあるのか。リサーチしてみると、1丁目から8丁目まで、全ての町内に台湾、シンガポール発祥の店、蒙古料理を含めて中華料理店があるのだ(ラーメンを除く)。
銀座1丁目は、「キラリトギンザ」内に台湾の点心の名店「鼎泰豐」。昭和元年創業の老舗で2006年リニューアルオープンした「銀座アスター」本店。
銀座2丁目は、2002年オープンの台湾料理「金魚」。2010年オープンの雲南料理「御膳房」、「GINZA267」ビル(入口は1本裏の通りにある)に中国最大級の火鍋専門店で2012年オープン「小肥羊」と、2014年9月オープン「敦煌」。
銀座3丁目は、「松屋 銀座」の中に「銀座アスター」松屋銀座店。
銀座4丁目は、2012年オープンの際コーポレーション「ブルーリリー 青百合飯荘」。「銀座三越」の中に2010年オープンの老四川「飄香」とモダン飲茶「ディムジョイ」。
「星福」では銀聯カードが使え、中国語でコミュニケーションが取れることをアピール。
銀座5丁目は、広東料理「楼蘭」。2005年オープンの北京料理「全聚徳」。
銀座6丁目は、中国薬膳料理「星福」。
銀座7丁目は、2008年オープンの薬膳火鍋「天香回味」。
銀座8丁目は、2008年オープン薬膳しゃぶしゃぶ「小尾羊」。「食べログTOP1000」にもランクインする「飛雁閣」。
計16店が銀座中央通りにある。中でも2010年以降、ごく最近オープンした個性ある店が目立つ。銀座中央通りでは和食が当然一番の勢力だが、数店しかないイタリアンやフレンチより断然多い。それだけ需要があるということだ。
「鼎泰豐」銀座店の料理。
「鼎泰豐」は台北発祥の小籠包を世界的に流行らせたとされる店で、「ニューヨーク・タイムズ」で1993年に世界の10大レストランに選ばれたこともある。日本のほか、アメリカ、中国、韓国、シンガポールなど世界で11の国・地域に海外展開している。日本では、高島屋系列のアール・ティー・コーポレーションが経営し東京、大阪、名古屋などに14店を構えている。
「天香回味」の天香回味鍋。
「小肥羊」は内モンゴル自治区包頭発祥で、中国全土に700店展開。ラム肉の旨さを引き出す火鍋スープに定評がある。日本ではウェブクルー傘下の小肥羊ジャパンが2006年に渋谷に1号店を出店してから、東京、大阪、横浜、札幌に13店を展開している。
「小尾羊」も内モンゴル自治区包頭発祥で、3種類のスープが同時提供される薬膳しゃぶしゃぶが特徴。世界で700店以上を展開という。日本では小尾羊ジャパンが、2007年の新大久保店を皮切りに東京、神奈川、埼玉、名古屋に14店展開。
日本発の中華では、「天香回味」は2003年よりナチュラルフードが展開し、東京・日本橋に本店があるが銀座に3店を構える。そのうちの1店が中央通りにあり、店舗は東京に10店をチェーン化している。「米澤豚一番育ち」を前面に出し、台湾から取り寄せた無農薬のお茶を楽しめるなど、火鍋でも日本人の嗜好に合った路線を開拓している。
「小肥羊」銀座店。
このような店舗が展開されていることを見ていくと、「パラダイスダイナシティ」、「ディムジョイ」といったシンガポール勢と、台湾の「鼎泰豐」による点心バトルの構図が見える。
また、「小肥羊」、「小尾羊」、「天香回味」による蒙古火鍋と、「御膳房」の雲南キノコ鍋と、「四季 陸氏厨房」の香港式海鮮火鍋による、火鍋戦争も興味深い。
この他にも、銀座の老舗「銀座アスター」、「維新號」はもちろん、際コーポレーションがレトロモダンなチャイニーズに挑む「ブルーリリー 青百合飯荘」は銀座が1号店で、六本木ヒルズに今年7月に新店がオープンしている。
「筑紫楼」銀座店。
逆に東京の他のエリアからの進出では、麻布十番本店の老四川「飄香」が2010年「銀座三越」に出店、赤坂と六本木の中国郷土料理と中国酒に定評がある「黒猫夜」が2013年11月に銀座に3号店オープン、フカヒレの恵比寿発祥「筑紫楼」が2006年銀座進出を果たしている。
さらには、昭和通り沿いの東銀座には俺のシリーズ中華版、通常1万円以上するフカヒレ姿煮を2980円と驚きの価格で提供する「俺の揚子江」もある。
新しくは、銀座8丁目に8月21日オープンした「銀座やまの辺」が、日本の伝統的な料理の手法と中華を融合した"江戸中華"なるものを打ち出して、予約が取りづらいほどの人気になっている。
江戸中華を提唱する「銀座やまの辺」。
以上、見たように、銀座の中華は古くからの老舗、新華僑、日本人による新しいチャイニーズが入り乱れ、実験的な取り組みも目立ち活性化している。顧客も、訪日観光客の多い店、日本在住の中国人とりわけ新華僑の多い店、日本人ばかりの店とさまざま。
そうしたモザイクの構図の中で、銀座では日々中華のトレンドを形成する"爆食"が繰り広げられていると言えよう。
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