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2015年4月22日(水)16:29 トレンド

鮮度が命のビールを味わう最良の場所がブルーパブ。しかし酒税法のハードルも高い。

世界的に盛り上がりを見せるクラフトビールブームの背景と今後(5-4)

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取材・執筆 : 長浜淳之介 2014年4月21日執筆

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 20年ほど前に「地ビール」ブームを起こした、日本のマイクロブルワリーが、近年は「クラフトビール」と呼び名を変えて再ブームとなっている。「地ビール」は粗製乱造の末に消費者の信頼を失って消えていった感があるが、「クラフトビール」として再ブレイクを果たすまでの間に、醸造メーカーは冬の時代をいかに生き残ってきたか。なぜ、今大手メーカーまでもが、クラフトビールに参入しようとするのか。取材してみた。(5回シリーズ)

世界的に盛り上がりを見せるクラフトビールブームの背景と今後(5-1)

世界的に盛り上がりを見せるクラフトビールブームの背景と今後(5-2)

世界的に盛り上がりを見せるクラフトビールブームの背景と今後(5-3)

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「中野ビール工房」。経営する麦酒企画は醸造したビールを劣化なく提供するためブルーパブという業態を選んだ。

 今後のクラフトビールはどのようになっていくだろうか。

 一つの方向としては、全国津々浦々、乗降客の多い地域の中心となる駅の駅前、地方都市の中心部に20~70くらいの多タップを揃えた量販型ビアパプ、ビアバーやクラフトビール大手のアンテナショップが1、2店ある。一方で郊外の各駅停車しか止まらないような駅の駅前や小さな市町村に、街の喫茶、パン屋のようなビアパブ、ビアバー、ブルーパブ、ブルワリーレストランが1店はあるというようなイメージだろうか。

 コンビニ、酒屋、スーパーに行けば、棚には多種多様なクラフトビールが並んでいて、ビール(発泡酒、新ジャンルを含む)の売上の1割くらいは、クラフトビールが占めている。というような状況に、10年後くらいに近づいてきていれば、面白い。アメリカではクラフトビールは既に西海岸を中心に、数量ベース8%、金額ベースで14~15%程度まで伸びており、フランスやイタリアといったヨーロッパにもブームが広がっている世界の趨勢からも、決して不可能ではないと思える。
 
 日本のワイン業態は、実際ここ十年で目覚しく伸びて、今では全国の人口5万人程度の少し大きな街に行けば、バル、バール、ビストロをミックスしたような店が、必ずあるようになった。クラフトビールで、できないはずがない。

 アメリカでもビール全体の市場は、2013年の数量ベースで1.9%減と大手のスタンダードビールは苦戦を強いられている。その中でクラフトビールが約17%増と伸びている。日本でビールが売れなくなってきたから、クラフトビールもブームが一段落すれば結局は売れないと考えるのは早計である。

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「中野ビール工房」のドリンクメニュー。なお全品500円は系列5店のうち、中野のみの価格設定。

 クラフトビールの裾野を広げるという点で、実験的な取り組みを行っているのは、中央線各駅に店舗を広げている麦酒企画。2010年12月オープンの「高円寺麦酒工房」に始まって、阿佐谷、中野、荻窪、西荻窪と隣の駅にブルーパブを次々にオープンしている。最新の「西荻窪ビール工房」は今年3月のオープンである。

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栃木マイクロブルワリー(栃木県宇都宮市)。通りすがりには酒屋のように見える。

 能村夏丘社長によると、起業に際し影響を受けたクラフトビールのメーカーが2つある。1つは、2009年10月に訪問した栃木県宇都宮市の栃木マイクロブルワリー。当時の能村氏は大手ビールメーカーの販売促進をしている会社を辞めて、自分探しの旅をしている途中で、日光に行った帰りに、同行していたビール好きの友人に連れられて、たまたま入ったブルーパブだった。

 能村氏自身もビールが三度の飯よりも好きで、以前の仕事も業務用ビールの販売促進を考え遂行することだったので、居酒屋や料飲店は行き慣れていた。しかしながら、街の路地裏の一角の小規模醸造所で、ビールを造って提供する商売が成り立つとは夢にも思っていなかったので、人生が変わる大きな衝撃を受けたという。

 醸造所に併設している飲食店は不定休のようで、その日たまたま開いていた。後日、再度訪問すると閉まっていた日もあったからだ。他人がつくったものが売れるお手伝いをするのではなくて、地に足のついた仕事をしたいと悩み、ラーメン屋、寿司職人などを考えたがどれもしっくりと来なかった。しかし、栃木マイクロブルワリーのブルーパブでビールを飲んだ時に、「これならできる!」とヒラめいた。

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吉備土手下麦酒醸造所(岡山市北区)。併設する「普段呑み場」では中ジョッキ330円でビールを売っている。

 もう1つは岡山市の吉備土手下麦酒醸造所。能村氏は、従来のクラフトビールは高級品で高過ぎると考えており、ここぞという時のクラフトビール、ビアバーにも給料日しか行けないというのではなく、日常的に飲めるクラフトビールができないかと模索していた。

 ビールに凝った飲食店に行ったり、ビール本を書いている人に会ったりして情報収集に努めていたが、ある時関東のビール好きな人に、岡山に中ジョッキ300円くらいで売っているブルーパブがあると聞いた。それが、北区の旭川の土手下にある、吉備土手下麦酒醸造所だった。

 問い合わせをすると、一度「岡山に来ませんか」となり、感銘を受けて弟子入りを決めた。このブルワリーで半年間修業してビールの造り方を教わり、妻は併設しているブルーパブで料理などを教わった。「ただ安く売るというのでなく『街の豆腐屋のようなビール屋でありたい』という理念に共感しました。安いのはその考え方の一環だったわけです。添加物も入っていません。岡山の人に飲んでもらうビールで、岡山の飲食店や空港の売店には出していても、広く流通させていないのです。工場が2つあって、第一工場に併設されたブルーパブの名前も『普段呑み場』と言うんです」(能村氏)。

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「中野ビール工房」仕込み風景。

 最初、高円寺を立地に選んだのは、20代、30代の若者が多く、庶民感覚のある街だったから。そこはかつて販売促進の仕事で飲食店を回っていた経験が生きた。麦酒企画の目指すところは、全国に栃木マイクロブルワリーや吉備土手下醸造所のような、街角マイクロブルワリー&ブルーパブを広めることで、高円寺から実践している。

 能村社長が醸造所のできたてビールをその場で提供することにこだわるのは、缶や瓶に詰める装置に設備投資がかかり、償却のために安く売れなくなるだけの理由ではない。4大ビールメーカーの工場を見学し、ビールを飲んでみたところ、全社とも工場で飲んだビールが居酒屋や家で飲むビールよりも格段においしかったという。

 「ビールは流通による劣化が避けられません。振動や光の影響も受けます。おいしさを100%、お客様に届けられないのは悔しいじゃないですか。私は飲食店がやりたいのではなく、劣化のない飲み頃のビールを飲んでもらうには、ブルーパブしかないと考えています」(能村氏)。

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麦酒企画・能村夏丘社長は「街の豆腐屋、パン屋のようなビール屋でありたい」と語る。

 日本ではマイクロビジネスというと、信用がないとか、みみっちいとか、マイナスイメージがつきまとってきたが、ビール醸造に関してはマイクロのほうが有利な理由はちゃんとある。鮮度が旨さを決定づける面があり、流通による劣化を考えれば、醸造地になるべく近い場所で消費するのが望ましい。究極は醸造所と消費地の距離がゼロである、ブルーパブということになる。本当に旨いビールを造っていれば、今はインターネットで世界がつながっている時代だ。多少の田舎に立地していようが、世界からビールファンが来てくれる扉が開かれている。地方の活性、再生にも一役買える。夢のあるビジネスではないか。

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「グリーンガーデンハウス鎌倉」。鎌倉ビールとコラボし、オリジナルのクラフトビールが朝一番に樽生で届けられる。地産地消と手作りをテーマに、地元食材を使った料理を提供するレストラン。

 地方活性にクラフトビールが果たしているというと、たとえば鎌倉市の「鎌倉ビール」。小町通りを歩けば「鎌倉ビール」ののぼりが立っている店が数多くある。大手のビールが霞んで見えてしまうほどだ。実は小町通りに並んでいるみやげ物、鎌倉名物は鎌倉でつくっている商品は数えるほどしかない。鎌倉ビール醸造は鎌倉市内に醸造所を持ち、鎌倉産品であることにこだわって展開している。買える店、飲める店としてホームページで紹介しているのも、鎌倉市内の飲食店、小売店ばかりだ。鎌倉ビールが飲みたい人は、鎌倉に来て飲んでもらうということで、「B-1グランプリ」とも相通じる考え方。地ビールの正しいあり方がそこにある。

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「麦酒倶楽部ポパイ」を経営するシンポ企画の青木辰男社長は、日本でクラフトビールが育つためには自家醸造、ホームブルーの解禁という規制緩和が不可欠と主張する。

 一方で、日本ではアメリカのような裾野の広いクラフトビール文化が育つのは難しいと懸念するのは、「麦酒倶楽部ポパイ」を経営するシンポ企画の青木辰男社長。

 「酒税法で日本では家庭でビールを醸造するホームブルーが禁じられています。おいしいビールの造り方を教える学校もありません。日本のクラフトビール産業は、アメリカのようにホームブルワーがたくさんいて、そこからマイクロブルワリーが育つ、ビールの造り方を教える学校もあるといった、三角形ができていません。宙に浮いています」(青木氏)。

 青木社長が懸念しているのは、東急ハンズなどで購入した酒造キットなどを使って、独学で隠れて造っていた、ビール醸造を趣味とする人が、生半可な知識でブルワリーに参入してくることだ。日本のような雑菌、カビが繁殖しやすい風土においては、衛生面によほど気を配らなければならない。手づくりとは言っても、鍋と釜で醸造し、指を入れて醸造中のビールなどの温度を感覚的に計っているようでは、安定的に良い商品はできない。設備投資に、それなりのお金を掛けないと粗悪品しかできないと、青木氏は警告している。

 粗悪品が出回るブルーパブが増えると、またクラフトビールの評判が落ちて、冬の時代再びとなってしまう。従って青木氏は、日本人が正確なビールや発酵、醸造の知識を持つためにも、自家醸造、ホームブルーの解禁という規制緩和を提案している。

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「麦酒倶楽部ポパイ」が新潟県魚沼市にて醸造しているビールは、店の売上の2割を占め人気商品になっている。左からバーレーワイン、ペールエール、アンバーエール、IPA。

 日本でブルーパブが成り立ちにくいもう一つの理由として、あまりにも高いビールの酒税が上げられる。国税庁では明治時代のビールは贅沢な嗜好品といった認識が、今も変わっておらず、アルコール度数にかかわらず1キロリットルあたり22万円となっている。これはアメリカは州によって異なるがニューヨークの約10倍、フランスの約5倍、ドイツの約17倍、税金が高いので知られる英国に対しても約1.5倍の恐るべき高さだ(ビール酒造組合、平成25年1月調べ)。

 「この酒税を払って、原材料費、醸造士の給料、光熱費と払っていると、マイクロブルワリーではコストが合わない。メーカーから買って販売したほうが儲かる」と、昨年から自家醸造を始めたものの、お店で売るだけではなかなかペイしない現状を、青木氏は嘆いている。
ビールの酒税をもっと下げて、発泡酒と新ジャンルの酒税を上げ、ビール類を一律の酒税にする案が政府で検討されているとも聞くが、仮にビールの酒税が今の7掛けになったとしても、まだ諸外国に比べてもべらぼうに高いのだ。

 ビールはこの酒税法のために量産しなければ利益が出ず、マイクロブルワリーの参入障壁を高くして、大手を守る役割を果たしてきた。
「大手ビールメーカーは、クラフトビールに進出するのならば、酒税法改正のために一肌脱いでほしい」と青木氏は訴えている。


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