
『おやすみミュスカデ』
~⑦ おせっかい野郎~
「ゆうべ拓ちゃんと手ェつないで店から出てった子だろ。桜井から聞いてたよ。」
桑田は相変わらずのヘラヘラした調子でしゃべり続けた。
「うまくやったのかい?それはよかったよ。で、どうしておれに聞きたいことがあるなんてことになるのかな?ゆうべじっくり話を聞いてあげたんじゃないの?
えっ、逃げちゃったの?二万円くれって言って?変だなぁ。なんでそんなことになったのか。おれはうまく拓ちゃんと仲良くなれれば大抵のことは助けてくれるよって言ったんだけど。
あっ、そう。俺が呼んだの、実は。あの子すごく困ってたんだよ。泣いてたんだ。奄美屋ビルの辺りでさ、なんか、変な男に絡まれてさ。男があの子の肩つかんで揺さぶってんのね。で、泣いてんの、あの子。それでおれ、声かけちゃったんだよね。おい、何やってんだよって。その子泣いてるじゃねえかって言ったら、男の方が走って逃げてっちゃて。なんか、ホストみたいな風体だったよ。でも、おれもまだまだ大したもんだって思ったよ。若い強そうなやつだったのに、おれを見て逃げてったからね。
あんなひと気のないとこまでパトロールするのかって?まあ、偶然だよ。でも、そういう裏の方歩いてると、たまに面白いことにあったりするからね。昨日だってね。
気の強そうな子なのに、泣いてる顔が子供みたいでね。ちょっと口とんがらがしてさ。腕とか、けっこう太かったろ。なんか、街育ちのお嬢さんて感じじゃなかったよね。
えっ、S市だって?S女学院?拓ちゃんそんなのは覚えてんだ。なんでそれで、名前覚えてねえんだ?
てか、おれも名前知らないんだよ。聞いても答えないんだ。そんで、この町のことで困ってるんなら、すごいやつを紹介してやろうかって言ってみたんだ。
大抵のことはなんとかしてくれるんだ。おれのダチなんだけどね。中学の同級生の時からの付き合いなんだけど、あの、酒屋の角溝の常務なんだよ。でも、酒屋って言ったってさ、お姉さん知らないだろけど、廊町牛耳ってるのは酒屋だかんね。中でも角溝。もう一個の方とは全然格が違うんだ。角溝が動けば、警察だって動くし、そうすれば、ヤー公だって言うこと聞かないわけにはいかないし。金のことだって場合によっちゃなんとかしてくれる。
仲良くなれるように仕組んでやるから頼んでみなよ。あ、知り合いになる方法はね、簡単なんだ。おれの店にあいつほんとよく来るから、そん時に呼ぶよ。アドレスだけ教えてくんない?うん。電話番号はいいから。突然かけてこられたらやだもんね。分かるよ。アドレスだけでいいんだ。そんでさ、適当な席に座ってなんか適当なもの注文すればさ、姉さんなら、あいつ絶対声かけるから。あいつさ、すげえいいやつだけど、すげえスケベなんだ。だからさ、必ず声かけてくるから、そしたら仲良くなって、困り事相談すればいいよ。
え、おれが紹介してくれればいいんじゃないって?それがね。あんまりおれの言うことは聞いてくんないんだよ。ほら、近すぎる関係は、なんかかえって頼みづらいし、頼まれづらいって、言うじゃん。
それに、絶対、偶然知り合った関係の方があいつの心も動くから。もしかしたらなんかそういう危険っていうの?あるかもしれないけど、それも覚悟出来るんなら、絶対だよ。あの男が、例え1回でも自分と寝た女が困ってるのを見過ごすなんて考えられないから。
あれ、おれなんか余計なこと言ったかな。でも、呼ぶから、メールで、あとは君次第だよって言っちゃったんだ。
え、ほんとに余計なことをって?でも、拓ちゃんそういうの必ず助けるだろ。まあ、事情にもよるだろうけどさ。」
こんな話だとは思わなかった。まったくのおせっかい。おれにも、ミュスカデにも。
でも、また、話は分からなくなった。おれは何も頼みごとはされていない。いい感じのセックスをして、2万円抜いていかれて、寝過ごしだだけだ。まだ、何もわかったわけじゃなかった。